Act・8-9

NSM series Side・S

カチカチカチカチ。

無機質で耳障りな音。
その音を耳にして、意識が戻る。
随分と時間が過ぎた様に感じるが
果たして、今は何時頃なのだろうか。

ボンヤリとした視線を音の元に送ると
其処には机に向かい指を盛んに動かす
あの男の姿が在った。

「目が覚めた?」

男も北条の覚醒に気付いたらしく
笑みを浮かべて振り返る。

「よく眠ってたよ」
「…何してるんだ?」
「これ? お仕事」
「…パソコンでか?」
「北条さん、こう云うのには疎そうだもんな。
 今はね、自宅に居ながら大金を掴めるんだよ」
「……」

視線をPCの画面に映してみる。
黒と白のコントラストがきつく、目には優しくない。
其処に浮かぶ文字に驚愕した。

「復讐…?」
「そ。こう云う掲示板が存在するの」
「一体…何考えてやがんだ……」

正直、専門ではないが
その類の事件に関しては色々と学んでいる。
警視庁の方も捜査の拡大を努めているが
この分だと悪しき広がりは想像以上だ。

「…菊池。いや、…吉岡」
「…何?」

不意に名前を呼ばれ、
男は急に表情を固くした。

「彼女の…妹の件で俺を恨んでいるのは解った。
 だがな…これ以上の犯罪は……」
「何か激しく誤解してるよね、北条さん」

吉岡の目が不気味に輝く。
背筋がゾッとする。
言い様の無い恐怖感。

「俺は別にアンタを恨んでなどいない。
 アレは事件だったんだし、アンタも或る意味被害者。
 悪いのは…現場責任者の筈だ」
「……」
「だから、俺はソイツに復讐する事を決めた。
 妹の為と、アンタの為に…な」
「…吉岡?」
「アンタを苦しめる存在は、この俺が許さない。
 だから…鳩村刑事を消す事に決めた」
「吉岡…。違う、それは……」
「俺は知ってるんだよ、北条さん?」

先程感じた恐怖の理由は『これ』か。
まるで蛇に睨まれたカエルの様に
北条は指一つ動かせなかった。

「妹はさ、あの喫茶店でアルバイトしてただけなんだよ。
 そして…アンタも偶然店に入っただけ。
 俺はちゃんと調べたんだ」
「……」
「そして、犯人を説得して出頭させようとしたんだよな。
 喫茶店に立て篭もった犯人の所持していたのは
 玩具の拳銃一丁だったし」
「……」
「店主も他の客もアンタ達を見殺しにして逃げたのに。
 アンタは妹を守りながら、必死に犯人を説得した。
 そして、犯人はその説得に応じた」
「……」

北条は段々と怯え始めていた。
心の何処かで「駄目だ」と感じながらも
封印していた『空白の1年』について、
この男は彼の目の前で少しずつ紐解いていく。

「喫茶店の入口、何事も無く店を後にしようとした。
 アンタと犯人。そして、それを見送る妹」
「もう…止めろ……」
「狙撃班が待ち構えているとも知らずに。
 そして……」
「止めろ! 頼む、止めてくれっ!!」
「アンタの目の前で、犯人は射殺された。
 警察は丸腰の男を公衆の面前で処刑したんだ」
「あ……」

ガタガタと激しく震えながら、
怯えた目で北条は吉岡を見つめる。
それに対し、吉岡は何も言わず
薄気味悪い笑みを浮かべている。

「現場責任者が大門団長なら
 こんなヘマを起こさなかっただろうに。
 可哀想にな、北条さん。
 随分と酷いトラウマを抱えちまって」

拘束されたまま動かす事の出来ない体を
吉岡はそっと抱き締める。
顎の無精髭が頬に当たり、不快感が増した。

「安心して良いよ、北条さん。
 鳩村は俺が始末してあげるからさ」

耳元で囁かれる悪意に満ちた言葉。
北条は覚束無い目で吉岡を見つめるだけだった。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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