Act・8-10

NSM series Side・S

深夜。

部屋の片隅で体を精一杯丸める。
北条は未だに体の震えを抑える事が出来ずにいた。

例の忌まわしい事件が脳裏から離れない。
あの事件さえなければ、
或いは此処迄追い詰められはしなかったかも知れない。

「あの時…俺が…
 俺が説得なんかしなかったら……」

* * * * * *

東部署、捜査一課配属が決定して数日。
北条は派出所巡りで時間を潰す日々を送っていた。

与えられた物は何も無い。
捜査一課の一員として受け容れられなかった身は
拳銃の所持も許可されなかった。

尤も、大きなヤマに出くわす事も無く
気に入らない連中に厭味を言われ続ける事も無い、
そんな今の生活が嫌いでもなかった。

「今日も良い天気っすよね~!」
「…そうだな」

派出所勤務の巡査は笑顔で声を掛けてくる。
それに吊られて自然と笑みが零れる。
口数の少ない北条に対し、彼等は親切だった。

「もう、12時か…」
「昼飯の時間じゃないですか?
 あ、そうそう。美味い珈琲出す喫茶店在るんですけど」
「ん? 何処?」
「えっとですね…」

彼は地図を広げ、場所を示す。
案外その場所は近かった。

「じゃ、行ってみようかな」
「ウェイトレスの女の子、可愛いんですよ」
「勧めた理由、そっち?」
「い…いやいや、違いますって!」

此処以外に憩いの場所が出来るかも知れない。
そうなれば、東部署生活も案外悪くは無い。
北条は微かな期待を篭めて、噂の喫茶店を目指した。

* * * * * *

何度もフラッシュバックする記憶に苦しめられる。
脂汗が止め処なく流れ、呼吸も荒い。

すると、誰かの気配がした。
思わず体が萎縮する。

「……」

何も言わず、温かいタオルが顔を撫でる。
吉岡の手にしては小さく、柔らかい。
そっと目を開けて、確認すると
その先には吉岡の妹である彼女が居た。

心配そうに何度もタオルで彼の顔を撫で、
汗と汚れを丁寧に拭き取る。

「…助けて、くれ……」

思わず出た言葉だった。
吐き出した後、その情け無さに思わず俯く。
刑事である自分が女性に助けを求めるなど
笑い話にもならない。

だが、心が折れそうになっている今は
彼女しか助けを求められる存在が居ない。

再び、彼女と出会った喫茶店の状景が脳裏に広がった。

「もう…止めてくれ…。
 頼む、勘弁してくれ……」

何度苦しんだ所で、過去が修正される訳では無い。
事実から逃げてるだけだと解っていても
立ち向かう勇気が湧いて来ない。

「……」

彼女も何かを察したらしい。
そっと優しく微笑むと、そのまま北条を抱き締める。
母親が子供をあやす様に、優しく。
そして何度も頭を撫で続けた。

声を掛ける事は叶わずとも。
彼が落ち着きを取り戻すまで。

お題提供:[刑事好きに100のお題]
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