WHEEL OF FORTUNE

1

今の自分は「本当に」自分だと言い切れるのでしょうか?
神様、貴方なら判りますか……?

* * * * * *

「悪魔の往来が目に見えて増えてきたな…」

空を横切る影に目をやり、溜まらずに保が呟いた。

「俺が昔戦っていた頃はな、
 一般人に悪魔は見えてないようだった」
「今と…逆ね……」

人々に悪魔は見えている。
此処迄の道中、神に縋る人々の姿を何度か見かけた。
自分の想像の範疇を超えた現実。
その変動に合わせられないちっぽけな存在。
それが…人間なのだ。

だからこそ何かに縋る。
自分以外の存在に。

「身勝手な…」

隆志の言葉に思わず秋菜が振り返る。

「先生…?」
「全く人間は身勝手な生き物だ。
 何も出来ない非力な存在だと判っていないのだから…」

最近の隆志は何かに憤りを抱いているようだ。
自分には入り込めない心の闇。
だが…それでも力になりたかった。

彼はそんな自分でさえも「非力」と括るだろうか?
いや…それだけは有り得ない。

そんな自問自答を繰り返す内に、
彼女はショーウィンドウに映し出された自分の顔に気付く。

「酷い表情…」

確かに連戦に次ぐ連戦で
化粧を直す間も無かったのは事実だ。
だが…表情の曇りは決して
「肉体的な疲労感」に依る物ではない。
要するに「まだまだ甘い」のだ。

戦場を駆ける者として。
戦士として。
生きている者として…。

「こんなのじゃ笑われちゃう…」
「かなちゃんにか?」

保の問いに思わず苦笑した。

「覚えてたんだ」
「あぁ。…青樹さん、あまり自分の事 話さないから」
「保君は聞かないじゃない」
「それもそうか…」

笑顔のまま後ろを振り返り、思わず硬直した。
秋菜の瞳に映った生の姿。

彼の表情は険しかった。
戦場で見せるそれ以上に…。

「…どうしたの?」
「いや…何でもない」

声は穏やかだったが、表情は険しいままだ。

「そう…。でももし何かあったら言ってね?」
「…解った」

生は口数の少ない方ではない。
そんな彼が誰かを突き放すような態度に出た時は
そっとしておいた方が良い。
彼女はそれをこの短期間で学んだ。
生の苦しみは、痛みは…自分のそれ以上だと。
だからこそ傷付けたくは無い。

生も彼女の気遣いには気付いていた。
だからこそ、何も言わなかった。

* * * * * *

「此処は肌寒いですか?」

篤志はうららの体調を気に掛けているようだ。
それは…大切な客だからだろうか。
彼の言葉使いや表情からは
此処の組織の誰とも合致しない物がある。

忘れかけていた人の優しさ。

それが、目の前の青年には備わっている。
うららの直感が彼女にそう伝えてくる。

「大丈夫よ。有難う」
「無理はしないで下さいね…」

篤志の心配そうな表情は変わらない。
不意に、その視線の先にある存在が
自分では無い事にうららは気付いた。

「ねぇ、篤志君?」

その視線の先が気になった。

「貴方は…誰に対して悔いているの?」
「えっ…?」
「まだ会ったばかりでこんな事聞くのは変かも知れない。
 でもね、貴方の瞳が誰かに『赦し』を
 求めているように感じるのよ」
「そう…ですか……」

篤志は心当たりがあるのだろう。
哀しそうに俯いてしまった。

「それが…貴女の持つ『ペルソナ』の力ですか?」

どうやら勘違いしているようだ。
確かにペルソナ使いには『共鳴』による交流が存在するが
それは完全に発生する物ではない。
ペルソナで相手の心の全てが判る訳ではないのだが
篤志はそのような誤情報を得たのだろうか。

あの男に依って…?

「母親になる者が持つ『母性』でしょうね」
「母性…?」
「えぇ。後は…元来の性格、かな? よく言われるのよ。
 『お前は逐一気にし過ぎだ』ってね」
「え…っと、確か『嵯峨 薫』さん。でしたね?」

資料内容を思い出すような回答だった。
やはり狙われ続けていたと云う事だ。

「そうよ。口は悪いけど、私の事をよく理解してる人」
「理解…」
「頭で考えようとしなくても良いのよ。
 身体で自然と反応してくる物だから」
「……」

篤志は何かを思案している。
そして。

「これ…やっぱり貴女に託します」

彼が差し出したのは一つの鍵だった。

「これは…鍵?」
「はい。この部屋の住人だった人から託された物です。
 『いつかこれを使うのに
  相応しい人が現れるから、その時に』…と」
「これ、何処の……」

そう言いながら、彼女の目には机が飛び込んできた。

「僕は一度、外の様子を見てきます」

それを肯定するかのように頷き、篤志は部屋を後にした。
Home Index ←Back Next→