WHEEL OF FORTUNE

2

「本当に、どうなってしまったんだろう…?」

心細さが妙に弱気な言葉と変わる。
慌てて口を紡ぐが、幸いにも小声だった為か誰の反応も無い。
或いは、親切心からの『聞いていないフリ』だろうか。
時々顔を覗かせる未成年の部分が妙に腹立たしい。
内なるマグマを感じ、
何処かに発散出来ない物かと保は周囲に目をやった。

殺伐とした風景。

本当にコレが『守るべき』世界なのだろうか…。
溜息しか出てこない事に、空しさが重なる。

景色だけではない。
保の苛立ちの原因は生の態度にも有った。
険しい表情のまま、先程から何も話さない。
そんなに「かなちゃん」の存在が気になるのか。
或いは気に入らないのか。
生の考えが判らない以上、これらは勝手な推測だが
少なくても保には癪に障った。

「生」

不意に声を掛けられ、さぞ彼は驚いた事だろう。

「…何だ?」

保が何故彼を呼んだのか、その意図を彼は知らない。
険しかった表情が少し氷解している。
だが、そんな彼の変化に気付く程 保は大人ではない。

「お前…」

マグマの矛先を彼に向けようとした、丁度その時。

「悲鳴?」

秋菜が何かに気付く。
聞こえてきたのは男の悲鳴だった。

「襲われてる?」

秋菜は声のする方に向かい、直ぐに駆け出した。

「またかよ…」

薫も絶句するこの移動の速さ。

戦うのは嫌いだと言いながらも、
誰かが傷付くのは見過ごせないのか。
それこそが一種、『戦士』に問われる資質だと云うのに。

「自覚がねぇんだな…」

やはり、似ている。
ふと脳裏に浮かぶ、愛妻の笑顔。
それが微かにぼやけ、思わず足を止めた。

「?」

一体何故。
それが全く思い当たらなかった。
今迄誰かの顔が脳裏で霞んで浮かぶなど
有り得なかったのだが。

「…へっ。ボケてやがる」

そう言って自身の体験を水に流そうとするも、
段々と薄らいでいく彼女の表情が気になって仕方がない。

「冗談じゃねぇぞ……」

薫は悪態を吐く自分を酷く情けなく感じていた。

* * * * * *

彼等が現場に到着した時、
青年が唯一人で悪魔と格闘していた。

「大丈夫ですか?!」

秋菜の声に力強く頷くも、
握り締めた鉄の棒を振り回しながら
「助けてくれ」と叫んでいる。

「パオフゥ、あの悪魔は?」
「パリカー。剣戟と魔法に弱い」

保の問いに空かさず返答する。

「よし!」

剣戟なら自分の得意分野だ。
マグマの吐き出し口を見つけた彼は
水を得た魚のように突撃する。
その勢いに飲まれたのか、
パリカーの動きが一瞬止まる。

「おりゃーっ!」

力一杯振りかざす剣。
確かに手応えはあった。

「元気ですね、彼…」

隆志はやや驚いたように語った。
薫も黙って頷いている。

「あれなら心配ないんでしょうが…」

そう言いかけ、隆志は生の様子を伺っていた。
当然彼も気付いている。

生の、生らしくない態度に。
そして、その理由でさえも。

「生」

態度を窘めるように彼は口調厳しく名前を呼んだ。
隆志にしては珍しい態度だった。
生は、恐らく自分の表情や態度に
全く気付いていなかったのだろう。
一瞬驚いたような顔をして此方を見た。

「どうしたんだい?」
「え…?」
「何か思案しているのかい? 随分険しい顔をしている」
「…そうか」
思い当たる節があるのだろう。
生は素直に自分の非を認めた。
「みんな、口には出さないが心配しているよ」
隆志の声に黙って頷く。
これが薫だったら同じように納得するだろうか。
「ん…」
生返事が返ってきたが、隆志は追求しなかった。
言いたい事はしっかりと伝えたのだ。
彼だって解っているはず。
だからこそ、時間を必要としているのだと。
薫もまた、同様に黙って彼等を見つめていた。

* * * * * *

結局、パリカーは保の渾身の一撃に因って
敢え無く倒された。

「大丈夫ですか?」

傷だらけの青年に駆け寄り、
ディアラマを唱えようとする秋菜に
保は思わず「一寸それは…」と苦言を呈した。
確かに攻撃魔法は影響を及ぼしているが、
補助魔法や治癒魔法が効果を発揮してくれるとは思えない。
相手はペルソナ使いではなく「生身の人間」なのだから。

「あ…」

秋菜も保の言葉の意味を理解したのか、
それならばとハンカチを使って止血を行った。

「ありがとう…」

青年の傷は思ったよりも浅かったようだ。
微笑みながら礼を述べた。

が、その直後。

「秋…菜?」
「えっ?」

不意に名前を呼ばれ、思わず身体が硬直した。

「秋菜、だよね?」
「…そう、ですけど……」
「俺の事、覚えてない?」

青年の問い掛けに、彼女は面食らっている。

「昔…一度だけ会っただろ?」
「もしかして…」

横合いから保が会話に参加する。

「『かなちゃん』って人じゃないの?」
「…えっ?」

秋菜は何度も彼等の顔を交互に見つめた。

─ こんな感じの人だったかしら…?

自分の中に眠る微かな記憶と照らし合わせてみるが
シックリ来ない。
しかし、目の前の人物は自分の事を知っていると言う。

「失礼ですけど、お名前は…?」
「要。市井 要(いちい かなめ)だ」

遠巻きに見ていた薫達の耳にもそれは聞こえた。
瞬時に生、そして隆志の表情が変化した。
生は哀しげに、そして…隆志は何か訝しげに。

「要さん。…じゃあ」
「昔、確かに『かなちゃん』って愛称で呼ばれてたよ」

自分に対し懐かしげに、そして優しげに微笑む青年を前に
秋菜は激しく動揺していた。
Home Index ←Back Next→