WHEEL OF FORTUNE

6

「かなちゃん、かなちゃんっ!」

秋奈の叫びに、生は全く反応していなかった。
呼吸が段々か細くなっていく。
握り締めた右手の体温が、見る見る内に下がっていく。

「やっと…やっと逢えたのに……」

少しずつ、命の灯火が小さくなってゆく。
このままだと…やがて……。

「…嫌」

秋奈は激しく首を横に何度も振った。

「もう…何処にも行かないで……」

傷口に両手をかざし、秋奈は懸命に祈った。
手から直に伝わってくる鼓動。
少しずつ弱く、間隔が開いていく。
泣きたい気持ちを堪え、彼女は祈り続けた。

声が聞こえてきた。
あれは…確か初めてペルソナを得た時に聞こえた物と同じ。

『貴女ハ、ドウシタイノ?』
「助けて…」

それだけだった。
どんな方法であれ、彼を救う事が出来るのなら。
その気持ちに一点の曇りもない。

『貴女ハ彼ヲ助ケタイノネ…』

声は優しかった。
鈴が鳴る様な、高いが安らげる音色の様だった。
「……」
秋奈はそっと頷いた。

「彼が…こんな目に遭ったのは…
 私が弱かったから……」
『貴女ガ変ワラナイ限リ、
 彼ハ何度デモ同ジ目ニ遭ウ事ニナルワ。
 ソレナラバ イッソ、コノママ……』
「嫌よっ!!」

今迄、こんなに激しく何かを拒絶した事など無かった。
自分の意見を言う事は避けていた。
何も言わなければ場は乱れない。
結局、そうやって逃げていただけなのだ。

今回も、またそうだった。
戦場から、仲間達から逃げようとした。
そんな弱い自分の心の隙間に入られたのだ。
そして…その結果が……。

「私の所為なの…」

涙が止めどなく溢れてくる。

「私が逃げ出さなければ、
 こんな事にはならなかった…」
『自分ノ弱サヲ、認メルのね…?』
「認めるわ…。もう、遅いかも知れないけど……」

冷たくなった彼の手を額に押し付け、彼女は泣き伏せた。

『信ジナサイ。
 彼ガ信ジタ、貴女自身ノ力ヲ…』
「私自身の、力?」

言われて初めて気付いた。
一体自分はこの時迄何をしていたのか。

ただ、泣いていただけ。
ただ、何かに縋っていただけ。

そんな事でどうして彼を救えるだろうか。

『モウ一度聞クワ。貴女ハ、ドウシタイノ?』
「私は…」

秋奈の心の中で、何かが音を立てて壊れた。

「私は…彼を助けるの」

どんな事があっても救いたい。
その気持ちが漸く、一つの形を形成する。

『ソレデ良イノヨ…』

それは、生を選んだ時に聞こえたあの声だった。
暖かな風が、彼女自身から吹き上げる。

『自分自身ノ可能性ヲ信ジナサイ。
 貴女ハ、貴女ガ思ッテイル以上ノ力ヲ
 持ッテイルノダカラ…』
「…うん」

力強く頷く彼女の身体を、七色の光が包み込む。

「帰ってきて……」

血の気の引いた生の顔に、涙が一滴落ちる。
秋奈にとっては長い、長い時間の様に感じた。

* * * * * *

漸く仕事に一区切りが付いた。
やれやれ、と舞耶は何度も首を鳴らす。
好きな仕事だから文句はないのだが、
肩が凝るのだけは正直勘弁して欲しい。

「さて…久々に腕でも振るうかな?」

花嫁修業と称し、最近は家事を積極的に行う事にしている。
まぁ…自分がやった所で上手く行く筈もなく、
常人なら一口で天国行きな物を作ってしまう事は度々だが。

其処まで考え、急に思い出す。

「そっか、うららが居たんだ」

自分の信念も、彼女の料理を前にすると途端に隠れてしまう。

「明日から頑張ろう。そ、明日からね…」

自分で自分に言い訳をしながらマンションを見上げる。

部屋の明かりは消えていた。
腕時計は深夜1時を回っている。

「流石にこんな時間だもの。妊婦さんは寝てるわね」

成る可く音を立てないよう、ゆっくり鍵を開け 部屋に入る。
明かりが全くついていない事に何故か不安が生じた。

「うらら、ただいま。…もう寝ちゃった?」

返事は無い。
不安が一層激しくなる。

「…うらら?」

彼女が居るだろう部屋のドアを空ける。
明かりをつけるが、彼女の姿は何処にも無い。

「うらら…? うららっ?!」

舞耶は顔面蒼白で部屋中の扉を開け、
うららの姿を捜し続けた。
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