JUSTICE

2

長い長い沈黙が続いた。
舞耶から聞かされたうららの失踪事件。
誰も、何も言い出せないまま
無駄に時間だけが流れていく。

「……」

保はゆっくりと窓辺に凭れた。
頭の中は既に飽和状態で何も知恵が巡らない。

「…お部屋からうららさん『だけ』が
 居なくなっていたんですよね?」

再度確認するように秋奈が口を開く。
薫は黙って頷いた。

「…解って、いたのかな……?」
「『解っていた』って、何を…?」
「……」

秋奈は返答に窮していた。
多分、薫にもその見当は付いているのだ。
だからこそ『言葉』にするのが怖い。

「…失踪の宛、か」

薫は小さく呟いた。

「嫌な予感は…ずっと付き纏っていた」

それでも、見捨てる事など出来なかった。
秤に掛ければどちらが大切か
判り切っていた筈なのに…。

「…御免」

生=要の声だった。
予想もしなかった言葉に、一瞬だが薫は硬直した。

「奴等の狙い…読み取れてなかった」
「…だから?」

明らかに怒気を含んだ言葉。
薫の声に自ずと秋奈が反応する。
彼は構う事無く続けた。

「狙いが読み取れていれば、防げたとでも言いたいのか?」
「それは…」
「勘違いするなよ、青二才」

其処には言葉尻とは全く違う、微笑があった。

「俺の惚れた女はな、
 他の為に自分を幾らでも犠牲に出来る女なんだよ。
 荒らされてなかった部屋が、それを物語ってる…」
「嵯峨…」
「アイツにだって覚悟は有ったんだろう。
 俺が許せねぇのはな…」

不意に立ち上がり、渾身の力で壁を殴りつけた。

「俺自身なんだよ」

深い、深い声だった。

* * * * * *

カタカタ。

卓上のキーボードが軽快なリズムを刻む。
モニター越しに男の顔が映し出される。
何かを期待している、そんな笑みが。

「漸く…だな」

喉でクッと笑い声を発し、男は一息吐いた。

「5年の歳月が人を何処迄変えられるのか。
 この目で確認出来る事を素直に喜ぶとしようか」

男の狙いは組織のそれとは違う。
だが、自身の思い通りに
行動を起こせる現状には感謝していた。

篤志の事が気にならない訳ではないが
彼は自分自身をまだ理解出来ていないだけだ。
『嵯峨 うらら』の存在が自ずと起爆剤になる。
その傾向だけは確認してきたのだから
後はなるようにしかならないだろう。

最悪の事態を招いたとしても、
それは『人間』が望んだ未来なだけだ…。

「この期に及んで…」

男は苦笑を浮かべた。

「まだこの世界に未練があると言う事か」

自分に仏心があるなどとは思ってみない。
神になり損ねた『過去』もある。
身の程を超えた望みは持たなくなった…と思っていた。

「所詮、『人間』の域は超えられぬか…」

男の指が『Enter』キーを叩く。
プログラムが作動し、
モニターが騒々しくも多彩な色を演出しだした。

「さて、旧友との再会を楽しむとするかな?」

静かに席を立ち、男は漆黒のコートを身に纏った。
これから開かれる『祭り』に対し、
沸き上がる興奮を静める事なく。

* * * * * *

「メール?」

何気なく覗き込んだモニターに、保は何故か殺気を感じていた。
一通の新着メール。
持ち主の顔を見やると、薫は「開けても良い」と頷いた。
マウスを使い、到着したばかりのメールを開くと…。

「ヤバッ! ウィルスメールじゃないのか、これ…」

大慌ての保の元に直ぐ仲間達が集まる。

「落ち着け。俺のPCには細工が施してあるから早々は食らわん」
「でも…」
「それよりもメールの本文は、何処?」
「…う~ん、装飾が賑やかで本文が見当たりませんね」

保以外は至って冷静な対応である。

「ん?」

ベッドから抜け出してきた要が器用にキーボードを操作する。
すると…。

『招待状』

唯 一文、そう書かれていた。

「添付データが付いてる」
「開けてみろ」

薫の指示に頷き、要は迷わず添付ファイルを開封した。

「…地図?」

本能…だろうか。
地図が何を意味しているのかを、
その場にいた全員が理解していた。

「やっと…お出ましか」

薫の目に怒りの炎が見えていた。

秋奈は…胸が締め付けられる思いがした。
要は、何処か悟った様な表情だった。
隆志は、石の様に黙り込んでしまった。

そして…。

「行くしか、ねぇよな」

ソレを発したのは保だった。

「罠だとしても…うららさんの手がかりが掴めるなら
 飛び込んでいくしかないもんな」

若さ故の物だろうか。
他の4人は、何処かでソレを待っていたのだ。
躊躇する事のない「GO」のサイン。
そして、ソレを出せるのが保だけだと云う事も…。

「俺も…行くよ」

傷が完治した訳ではない。
重々それを承知しながらも要は名乗りを上げた。

「生…」

明らかに隆志と薫は渋っていたが、
秋奈が2人の前に立ち そっと微笑んだ。

「かなちゃんが無理しない様に、
 私が見張っておきます。
 だから…良いですよね?」

そう言われては何も返せない。
やれやれ、と薫は背を向けた。
隆志はと言えば、…少し安堵の表情を浮かべている。

「行くか…」

薫の呼び掛けに、4人は静かに頷いた。
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