舞耶から聞かされたうららの失踪事件。
誰も、何も言い出せないまま
無駄に時間だけが流れていく。
「……」
保はゆっくりと窓辺に凭れた。
頭の中は既に飽和状態で何も知恵が巡らない。
「…お部屋からうららさん『だけ』が
居なくなっていたんですよね?」
再度確認するように秋奈が口を開く。
薫は黙って頷いた。
「…解って、いたのかな……?」
「『解っていた』って、何を…?」
「……」
秋奈は返答に窮していた。
多分、薫にもその見当は付いているのだ。
だからこそ『言葉』にするのが怖い。
「…失踪の宛、か」
薫は小さく呟いた。
「嫌な予感は…ずっと付き纏っていた」
それでも、見捨てる事など出来なかった。
秤に掛ければどちらが大切か
判り切っていた筈なのに…。
「…御免」
生=要の声だった。
予想もしなかった言葉に、一瞬だが薫は硬直した。
「奴等の狙い…読み取れてなかった」
「…だから?」
明らかに怒気を含んだ言葉。
薫の声に自ずと秋奈が反応する。
彼は構う事無く続けた。
「狙いが読み取れていれば、防げたとでも言いたいのか?」
「それは…」
「勘違いするなよ、青二才」
其処には言葉尻とは全く違う、微笑があった。
「俺の惚れた女はな、
他の為に自分を幾らでも犠牲に出来る女なんだよ。
荒らされてなかった部屋が、それを物語ってる…」
「嵯峨…」
「アイツにだって覚悟は有ったんだろう。
俺が許せねぇのはな…」
不意に立ち上がり、渾身の力で壁を殴りつけた。
「俺自身なんだよ」
深い、深い声だった。
カタカタ。
卓上のキーボードが軽快なリズムを刻む。
モニター越しに男の顔が映し出される。
何かを期待している、そんな笑みが。
「漸く…だな」
喉でクッと笑い声を発し、男は一息吐いた。
「5年の歳月が人を何処迄変えられるのか。
この目で確認出来る事を素直に喜ぶとしようか」
男の狙いは組織のそれとは違う。
だが、自身の思い通りに
行動を起こせる現状には感謝していた。
篤志の事が気にならない訳ではないが
彼は自分自身をまだ理解出来ていないだけだ。
『嵯峨 うらら』の存在が自ずと起爆剤になる。
その傾向だけは確認してきたのだから
後はなるようにしかならないだろう。
最悪の事態を招いたとしても、
それは『人間』が望んだ未来なだけだ…。
「この期に及んで…」
男は苦笑を浮かべた。
「まだこの世界に未練があると言う事か」
自分に仏心があるなどとは思ってみない。
神になり損ねた『過去』もある。
身の程を超えた望みは持たなくなった…と思っていた。
「所詮、『人間』の域は超えられぬか…」
男の指が『Enter』キーを叩く。
プログラムが作動し、
モニターが騒々しくも多彩な色を演出しだした。
「さて、旧友との再会を楽しむとするかな?」
静かに席を立ち、男は漆黒のコートを身に纏った。
これから開かれる『祭り』に対し、
沸き上がる興奮を静める事なく。
「メール?」
何気なく覗き込んだモニターに、保は何故か殺気を感じていた。
一通の新着メール。
持ち主の顔を見やると、薫は「開けても良い」と頷いた。
マウスを使い、到着したばかりのメールを開くと…。
「ヤバッ! ウィルスメールじゃないのか、これ…」
大慌ての保の元に直ぐ仲間達が集まる。
「落ち着け。俺のPCには細工が施してあるから早々は食らわん」
「でも…」
「それよりもメールの本文は、何処?」
「…う~ん、装飾が賑やかで本文が見当たりませんね」
保以外は至って冷静な対応である。
「ん?」
ベッドから抜け出してきた要が器用にキーボードを操作する。
すると…。
『招待状』
唯 一文、そう書かれていた。
「添付データが付いてる」
「開けてみろ」
薫の指示に頷き、要は迷わず添付ファイルを開封した。
「…地図?」
本能…だろうか。
地図が何を意味しているのかを、
その場にいた全員が理解していた。
「やっと…お出ましか」
薫の目に怒りの炎が見えていた。
秋奈は…胸が締め付けられる思いがした。
要は、何処か悟った様な表情だった。
隆志は、石の様に黙り込んでしまった。
そして…。
「行くしか、ねぇよな」
ソレを発したのは保だった。
「罠だとしても…うららさんの手がかりが掴めるなら
飛び込んでいくしかないもんな」
若さ故の物だろうか。
他の4人は、何処かでソレを待っていたのだ。
躊躇する事のない「GO」のサイン。
そして、ソレを出せるのが保だけだと云う事も…。
「俺も…行くよ」
傷が完治した訳ではない。
重々それを承知しながらも要は名乗りを上げた。
「生…」
明らかに隆志と薫は渋っていたが、
秋奈が2人の前に立ち そっと微笑んだ。
「かなちゃんが無理しない様に、
私が見張っておきます。
だから…良いですよね?」
そう言われては何も返せない。
やれやれ、と薫は背を向けた。
隆志はと言えば、…少し安堵の表情を浮かべている。
「行くか…」
薫の呼び掛けに、4人は静かに頷いた。