地図は『その場所』を指し示していた。
本当に…其処に居るのか。
保の中で「疑惑の念」が徐々に大きくなる。
目的地に近付けば近付く程。
少しずつ、鼓動音が脳に響いてくる。
「ペルソナが…震えてる……?」
違和感に気付いたのは彼だけのようだ。
他の4人は真っ直ぐ前を見つめて急ぎ足のまま。
震えは消えない。
益々大きくなっていく。
距離が縮まれば、縮まるだけ…。
「共鳴…なのか?」
震えは不安なのだろうか。
圧倒される位の波を感じる。
こんな事は…生まれて初めてだった。
何に、怯えているのだろうか。
その答えが見えないまま。
保は不安な気持ちを飲み込むように
深く深呼吸を繰り返した。
「此処だ…」
倉庫の様な、施設跡地の様な。
無機質さが際だった建物の前に立つ。
「此処は?」
薫の声に、要が静かに頷く。
「通称、『68施設』。
今はもう使用されていない、組織所有地だ」
「成程…」
薫は微かに開かれた扉の奧を睨み付けて唸った。
「誰も、居ないのかしら?」
秋奈は人の気配を感じない事に疑問を漏らした。
奧からは何も感じない。
罠か?
彼女は隆志の様子を伺ってみるが、
彼も表情を険しくしたままだった。
「行こう」
此処で立ち止まっていても始まらない。
不安は誰もが持っている。
だからこそ、保は仲間達に声を掛けた。
返事はただ一つ。
全員は黙って首を縦に振っていた。
彼の問い掛けに答えるかのように…。
その意を解し、
保は錆び付いた重い鉄の扉を押し広げていった。
空気の凍り付くような間隔が全身を包み込む。
足を踏み込んだ途端、違和感が生じた。
「やはり…誰かが居る……」
漆黒の闇の向こうに、保は巨大な存在を感じていた。
彼自身が、ではない。
彼のペルソナが、である。
「ようこそ、望まれざる宿命の戦士達よ」
静かに、深みのある声が施設内に響き渡る。
その声を聞いた途端、薫の顔が狼狽した。
「この…声……」
「知っているのですか?」
「……」
隆志の問い掛けに、薫は肯定の意を表した。
「知ってるも何も…『死んだ筈の』男の声だ」
「心外だな。『殺した』の間違いでは?」
闇を切り裂き、声の主が姿を現す。
闇に溶けるような濃紺のスーツ姿。
同じく深い色のサングラス。
「久しぶりだな、パオフゥ。
…いや、今は『嵯峨 薫』と名乗っていたのか」
「神条…神取 鷹久……」
「神取っ?!」
鋭い反応を返したのはやはり隆志だった。
彼等の驚愕の意味が解らず、秋奈は萎縮している。
「名前だけなら、資料で見た事がある」
皆の動きが止まっている中、
要だけが冷静な対応をしていた。
「アンタ、世界を牛耳ろうとしたんだってな」
「ふふ。そんな事もあった。確かに」
「今は、どうなんだ?」
「さぁ…」
「…気に入らねぇな、その見下した態度」
神取はサングラスを外した。
済んだ両眼が真っ直ぐ要を捉えていた。
「気に入らないか。ならば、どうする?」
「組織の回し者なら、ブッ倒すだけだ」
「解り易い性格だな、君は」
皮肉ではない。
神取は嬉しそうに微笑んで見せた。
「では、見せてくれないか?
限界まで肉体を改造されている救世主の力を」
「…何だと?」
「単純に興味があるんだよ」
その言葉に含みや裏は感じられない。
即ち…それは神取の『自信』その物だった。
「巫山戯やがって…」
奥歯を噛み締め、要が唸る。
素直な性格が災いしている。
完全に神取の挑発に乗っているのだ。
仲間達がその変貌に気付いた時、
彼の体は少しずつ変化を来していた。
「駄目っ!!」
真っ先に気付いたのは秋奈だった。
保も、隆志も、…そして薫も。
誰一人としてこうなる迄 気付かなかった。
神取の狙いを。
今の要の体では『メシア』能力を
コントロール出来ないだろう。
何より先程迄は重症で身動きすら取れなかったのだ。
能力を用いて、戦う事など出来るのだろうか。
もしも…体が保たなかったら…?
挑発が要の中に眠る導火線に火を付けた。
そうなれば彼は容易に『メシア』の力を引き出せる。
彼の意志とは無関係に…。
「見せて貰うよ。
人間が生み出した『救世主』の能力を」
腕を組んだままの格好で、
神取は口元に笑みを浮かべて構えていた。