JUSTICE

3

事務所から北へ。
地図は『その場所』を指し示していた。
本当に…其処に居るのか。

保の中で「疑惑の念」が徐々に大きくなる。
目的地に近付けば近付く程。
少しずつ、鼓動音が脳に響いてくる。

「ペルソナが…震えてる……?」

違和感に気付いたのは彼だけのようだ。
他の4人は真っ直ぐ前を見つめて急ぎ足のまま。
震えは消えない。
益々大きくなっていく。
距離が縮まれば、縮まるだけ…。

「共鳴…なのか?」

震えは不安なのだろうか。
圧倒される位の波を感じる。
こんな事は…生まれて初めてだった。

何に、怯えているのだろうか。

その答えが見えないまま。
保は不安な気持ちを飲み込むように
深く深呼吸を繰り返した。

* * * * * *

「此処だ…」

倉庫の様な、施設跡地の様な。
無機質さが際だった建物の前に立つ。

「此処は?」

薫の声に、要が静かに頷く。

「通称、『68施設』。
 今はもう使用されていない、組織所有地だ」
「成程…」

薫は微かに開かれた扉の奧を睨み付けて唸った。

「誰も、居ないのかしら?」

秋奈は人の気配を感じない事に疑問を漏らした。

奧からは何も感じない。
罠か?

彼女は隆志の様子を伺ってみるが、
彼も表情を険しくしたままだった。

「行こう」

此処で立ち止まっていても始まらない。
不安は誰もが持っている。
だからこそ、保は仲間達に声を掛けた。

返事はただ一つ。

全員は黙って首を縦に振っていた。
彼の問い掛けに答えるかのように…。
その意を解し、
保は錆び付いた重い鉄の扉を押し広げていった。

* * * * * *

空気の凍り付くような間隔が全身を包み込む。
足を踏み込んだ途端、違和感が生じた。

「やはり…誰かが居る……」

漆黒の闇の向こうに、保は巨大な存在を感じていた。
彼自身が、ではない。
彼のペルソナが、である。

「ようこそ、望まれざる宿命の戦士達よ」

静かに、深みのある声が施設内に響き渡る。
その声を聞いた途端、薫の顔が狼狽した。

「この…声……」
「知っているのですか?」
「……」

隆志の問い掛けに、薫は肯定の意を表した。

「知ってるも何も…『死んだ筈の』男の声だ」
「心外だな。『殺した』の間違いでは?」

闇を切り裂き、声の主が姿を現す。

闇に溶けるような濃紺のスーツ姿。
同じく深い色のサングラス。

「久しぶりだな、パオフゥ。
 …いや、今は『嵯峨 薫』と名乗っていたのか」
「神条…神取 鷹久……」
「神取っ?!」

鋭い反応を返したのはやはり隆志だった。
彼等の驚愕の意味が解らず、秋奈は萎縮している。

「名前だけなら、資料で見た事がある」

皆の動きが止まっている中、
要だけが冷静な対応をしていた。

「アンタ、世界を牛耳ろうとしたんだってな」
「ふふ。そんな事もあった。確かに」
「今は、どうなんだ?」
「さぁ…」
「…気に入らねぇな、その見下した態度」

神取はサングラスを外した。
済んだ両眼が真っ直ぐ要を捉えていた。

「気に入らないか。ならば、どうする?」
「組織の回し者なら、ブッ倒すだけだ」
「解り易い性格だな、君は」

皮肉ではない。
神取は嬉しそうに微笑んで見せた。

「では、見せてくれないか?
 限界まで肉体を改造されている救世主の力を」
「…何だと?」
「単純に興味があるんだよ」

その言葉に含みや裏は感じられない。
即ち…それは神取の『自信』その物だった。

「巫山戯やがって…」

奥歯を噛み締め、要が唸る。
素直な性格が災いしている。
完全に神取の挑発に乗っているのだ。
仲間達がその変貌に気付いた時、
彼の体は少しずつ変化を来していた。

「駄目っ!!」

真っ先に気付いたのは秋奈だった。
保も、隆志も、…そして薫も。
誰一人としてこうなる迄 気付かなかった。
神取の狙いを。

今の要の体では『メシア』能力を
コントロール出来ないだろう。
何より先程迄は重症で身動きすら取れなかったのだ。
能力を用いて、戦う事など出来るのだろうか。
もしも…体が保たなかったら…?

挑発が要の中に眠る導火線に火を付けた。
そうなれば彼は容易に『メシア』の力を引き出せる。
彼の意志とは無関係に…。

「見せて貰うよ。
 人間が生み出した『救世主』の能力を」

腕を組んだままの格好で、
神取は口元に笑みを浮かべて構えていた。
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