JUSTICE

4

全身の血液が逆流する感覚が巡る。
以前は、何よりも嫌っていた感覚だった。
全ての理性が砕け散る。
それがもたらす『恐怖』の意味を知っているから。
だが、今はその恐怖心すら顔を覗かせない。

生まれて初めてかも知れない。
この『力』を必要とするのは。

静かに、彼は変貌していった。
純白に近い銀色の髪が黄金色に変わる。
それまで固く閉じられた瞳がゆっくりと開かれる。
瞳もまた、金色に輝いていた。

正に『獣』の様な風貌だ。

「かなちゃん…」

秋奈は要の体力が気になった。
彼は重症の体を押して戦場に赴いている。
正常な状態でもこの変身は精神力を酷使する。
勿論、体ダメージもそれなりに生じる筈だ。
それでも…彼はこうして立っている。
立って、敵を睨み付けている。
そうさせる理由を、未だに見出せない自分がもどかしい。

「止められないのか?」

我慢出来ずに飛び出そうとする保を、
隆志と薫は二人がかりで止めに入った。

「何でっ?!」
「邪魔になるだけだ」

にべもなく薫は言い放った。
止められるのならば、この二人が動かない筈がない。

解っているのだ。
「自分達は彼の足枷になる」と。
それが常人と改造を受けた物との間にある
決定的な『差』なのだろう。

神取は静かに笑っていた。
満足そうな笑みが、要の神経を更に逆撫でする。
元々『怒り』が変身の鍵を担っているのだ。
それを増幅させる事は簡単である。
怒りで我を忘れる迄、彼は本当の能力を引き出さないだろう。
いや…引き出せない。
だからこそ神取は静かに挑発を続けた。

見たいのだ。
その先にある物を。
そして……。

* * * * * *

先に動いたのはやはり要だった。
剃刀のような鋭い手刀を何度も繰り出すが
神取は器用に身体を前後左右させてこれをかわす。
まるでリズムを刻んで踊るかのように軽快なステップが
戦闘を別の何かに錯覚させる。

「遊んでやがる…」

薫は苦虫を噛み潰したような表情で唸った。
文字通りだ。
誰が見ても要は「軽くあしらわれて」いるだけなのだ。
どんなに威力がある攻撃も当たらなければ意味がない。
要の手刀は何度も空しく空を切っていた。

「アイツ…」

保は神取の動きに目を奪われていた。
攻撃を只避けているだけではない。
否、避けるだけならまだ…。

「見切った上で…煽ってる……」
「嘘…?」

秋奈の目には正直、二人の攻防はハッキリ目で追えない。
薫や隆志も似たような物である。
確実に見えているのは保だけだった。

「生の奴、若干だけど速度が落ちてる」
「見えるのか?」

薫の問い掛けにハッキリと保は頷いた。

「神取って奴…ギリギリ迄待った上で生の攻撃をかわしてる。
 一見 生の攻勢に見えるかも知れないけど、
 体力が切れた時 一気に反撃される」

或いはそれを待っているのか。

生の呼吸はかなり乱れてきているのに対し、
神取のそれは全くと言っていい程変化が無かった。
この様な防御が出来るのなら力の差は歴然としている。
本気で倒すのならば待つ必要など無い。

保はふと呟いた。

「化物…?」

小さい彼の呟きに、
反応したのは何と神取自身だった。
一瞬だったが、彼は保に視線を向け微笑んだのだ。
一番驚いたのは保だった。
聞こえていた事にも、その内容に笑みで答えた事にも。

* * * * * *

「はぁ…はぁ……」

苦しい息遣い。
要の足は完全に止まっていた。
変身が解けた訳ではないが
その前に体力が尽きたのであろう。
ゆっくり近付いてくる神取の方を見る余裕すら
今の彼には残っていなかった。

「その程度か…?」

あまりにも冷酷な一言だった。
彼は手を抜いた訳でもいい加減だった訳でもない。
だが、神取は満足していなかった様だ。

「過剰に期待し過ぎたか。
 改造を施されたと言っても…所詮は人間の技量は
 神の域迄到達する事はない」

先程迄の笑みは消えていた。
哀れむ様に彼を見下ろし、神取は続けた。

「無駄な生を受けたな」
「……」

何も返せなかった。
絶望感が要の心に広がっていく。

「もう良いだろう。安らかに眠りたまえ」

その言葉の直後、生の鳩尾に強烈な一撃が加えられた。
既に体力も気力も尽きていた彼が
それに耐えられる筈もない。
大量の吐血と共に、その場に倒れ込んだ。

「!!」

声にならない声を発し、すぐに秋奈が駆けつける。
心音を確認すると、微かだが脈はあった。
しかし…弱々しく叩くその音が彼女を更に不安にさせる。

「…して?」
「?」
「どうして、こんな事をするの?」

神取の方を向き返った秋奈の目は涙が溢れていたが
それ以上に強い意志が感じられた。

「貴方は…何が目的なの?
 こんな事をして、何になると言うの?」
「少なくとも私に利益は無い」
「? 巫山戯ないで!」
「私は大真面目だよ。この戦いに、私のメリットは無い」
「お前が此処に来たという事は…
 組織と関係があるって事だろうが」

薫の言葉にも、彼は何の変化も見せなかった。

「関係があると言うより、単に『利害が一致』しただけだ。
 その利害も…私にとっては微々たる事だがね」
「意味が解らねぇよ! 何だって言うんだっ?!」
「文字通りだよ。
 私は別にこの世界がどうなろうと、
 君達が誰と戦おうと関係ない。
 久しぶりに現れたペルソナ使いや、
 『神の子』と称された存在を見たかっただけさ」

神取は笑っていた。
風貌らしくない、『無邪気な』笑みが其処にあった。

「少しは成長していたのかと思ったが…
 現状に対し認識が甘いのは相変わらずだね。
 そう云う人間がフィレモンに好かれるのかね?」

神取の言葉には言葉通りに受け取れない
『何か』が潜んでいる。
その『何か』が彼を動かす『理由』なのだろうか。
保は何となくそう感じていた。
腕の中の要は弱々しい呼吸を繰り返している。
此処迄の仕打ちを受けなければならないその『理由』に対し、
堪らない怒りの渦が彼の心に生じていた。
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