THE HIGH PRIESTESS

1

淡い光に包まれた異形の影。
初めて見た【ペルソナ】は二人に違う印象を植え付けた。
秋菜にとっては【驚愕】と【恐怖】を。
春には【憧れ】と【興味】を。
うっすらとパオフゥの頭上に存在するオデュッセウスは
何も語らずに彼等を見下ろしている。

「…どうして?」

聞き取れない程の小さな声で、秋菜が言った。

「どうして学校がこんな事になるの?
 悪魔なんて架空の存在なんでしょ?」
「…信じたくねぇ気持ちも解るんだが」

パオフゥは声のトーンを下げて答えた。

「目の前に展開する現実だけは認めるしかねぇだろ。
 誰かが此処から
 自分を救ってくれる訳じゃねぇんだし」
「でも…」

言葉が詰まる。
パオフゥの意見は正論だ。
それは…よく解っている。
だが、正直な気持ちは隠せる物じゃない。

「どうすれば此処から出られるの?
 知ってるんでしょ?」

苛立ち、焦り。
突然突き付けられた現実に対する拒絶。

パオフゥは溜息を漏らし、春を見つめる。

「お前は、どうなんだ?」

突然矛先を自分に向けられ、
春は驚いて2人の顔を見比べる。

「俺は…」

答えなど決まっている。
此処が戦場であるのなら、戦って生き残るしかない。
そう。死ぬのは嫌だから、倒すしかない。
明朗かつ、簡単な『生きる為の』方程式。

「死ぬのは嫌だ」
「なら、どうするか。
 お前は解ってるみたいだな」

パオフゥが不敵な笑みを見せる。
流暢な発音ではっきりと告げた。

「DEAD OR ALIVE」

春は黙って頷いた。

「…青木さんは、俺が守る」

彼女をこのまま見捨てる事など出来ない。
彼は廊下に転がっていた箒の先端を折り、
手製の槍を作り上げた。
これで悪魔と互角に渡り合えるかどうかは全く解らない。
しかし、黙って餌食になる気など更々無かった。

* * * * * *

悪魔とのエンカウントは或る一定の間隔が生じるらしい。
ひっきりなしに遭遇したら堪らないと思っていたが、
今のところ現れたのはスライムとポルターガイストのみ。
パオフゥ曰く、
『この程度に手間取っていたら先が思いやられるレベル』
の敵らしいが、
戸惑いの中の戦いを春は奮闘していた。

問題は秋菜だが…正直、現時点では戦力にすらならなかった。
腰を抜かさないだけマシなんだろうか…。
どうも彼女は【悪魔】と云う存在を認めたくないらしい。

「……」

言っても無駄だと解っているらしく、
パオフゥは何も口を挟まない。

「青木さん、平気?」

春は何度か彼女を気遣っていたが、
秋菜の表情は険しいままだった。
戦場に自分が居る事を認めたくないのか。
目の前の異形を、それでも殺したくはないからか。
ただ『戦闘が怖い』と云う表情ではない。
もっと重く、険しい物だ。

「そんなに戦うのは嫌か?」

パオフゥの問いに、首を縦に振る。
ハッキリとした意思表示。
彼女と或る女の影がダブる。

「戦わずに済めば越した事はない。…だがな」

パオフゥはそれ以上に険しい表情で言い放った。

「そんな甘い考えが通じる訳無い。
 …全てを失ってからじゃ、後悔しても遅過ぎるんだ」
「パオフゥ…さん?」

辛さを押し殺すような感じだった。
彼の気持ちが微かに伝わったのか、
秋菜はそれ以上何も言わなかった。

* * * * * *

3人の戦闘をじっと見つめる影が居た。
気配を完全に殺しているのだろう。
パオフゥさえもその存在に気付いていない。

3人は何かを相談したらしく、
そのまま大学校舎へと向かって走り出した。
すると影もゆっくりと移動を始める。

「ペルソナ…。本当に私達も使えるの?」
「使ってもらわなきゃ俺が困るんだが…。
 2人も面倒見切れん」
「…武術なら多少嗜んでいる」
「ほぅ。なら頑張ってくれや!」

戦闘を何度か重ねる内にそんな会話が出だした。
ただ彼等2人はまだペルソナを発動出来ない。
見ただけで真似の出来るような、そんな簡単な事ではないのだ。
理解はしていても、やはり精神力の消費の激しさには敵わない。

「チューインソウル、買って来るべきだった…」

パオフゥの大きなぼやき声が校舎に響く。
力無く壁にもたれ掛かり、煙草に火を付ける。

「…校舎内は禁煙だ、なんて言うなよ。流石にバテた」
「煙草で回復するの?」
「する訳ねぇだろ? 気合いを入れてんだよ。
 …こんな所でくたばったら、彼奴に何を言われるか…」
「彼奴…?」
「…嫁さん」
「アンタ、結婚してたんだ?」

春の言葉に反応してか、彼は大きく咽せた。
その姿が意外に見えたのか、
春と秋菜は声を上げて笑い出した。

「大丈夫、パオフゥさん?」

秋菜は笑いながら介抱する。
しかし手が振るえて巧く出来ない。
逆に状態を悪化させた。

「…もう、いい」

ふと、春は思った。
こんなに笑ったのは何時以来だろうか。
ずっと昔だったような気がする。

淡い記憶が蘇ろうとした、その時。

「何? 変な臭いがする…」

秋菜がまず異常を感じ取った。
彼女を庇って手にした槍を構える春。
後方も何かが存在しているらしく、
パオフゥは照準を合わせてコインを放った。

「チッ! …手応え無しか!」

軽く溜息を吐き、再びオデュッセウスを召喚。
呼び出す回数が限られる以上、
一撃で全滅させなければならないが…。

「腐乱死体相手じゃ効果は期待出来ねぇなぁ。
 …俺のペルソナは火炎攻撃を持ってねぇから」

半ば諦め顔でガルを放つ。
前方の敵は何とか春が応戦するが、
数量と疲労の蓄積と云った不安材料は払拭出来ない。

「一体、どうすれば良いんだ?」

焦りが生じる。動きが緩慢になる。
春は心の何処かで覚悟を決めかけていた。

その時だった。
Home Index ←Back Next→