THE HIGH PRIESTESS

3

大学部の誰も使わない教室に、
地下へと続く階段が存在した。
その事自体、この校舎が学舎以外に
使用されていたと証明している。
春と秋菜は少なからず衝撃を受けていた。

「奥から声がする」

階段をゆっくりと慎重に、
音を立てないように降りて行く。
その耳に男の言い争っている声が聞こえた。
一方の声に聞き覚えがある。

「白河先生…。無事だったんだ」

秋菜の目が潤む。
そんな彼女の肩を不意にナギが掴む。

「白河? だってあの人は…」
「ナギ、白河先生を知ってるの?」

ナギは慌てて手を離す。

「…知らねぇ」

今度は春も何かに気付いた様子だった。
パオフゥに視線を送る。
彼も春に頷いて見せた。

声はまだ続いている。

「まだ解らないんですか?
 貴方の行う事は生命の進化を
 押し進めてるんじゃない。
 …生命全てを
 冒涜しているだけなんですよっ!!」

夏樹はかなり激しい口調で相手を責め立てる。
穏やかな彼しか知らない秋菜としては、
意外な姿だった。
だが、当の相手はまるで答えていない様子である。

「冒涜? 心外だ、白河君。
 君程の男がこの研究の素晴らしさを
 理解出来ていないとは…」
「武田教授、貴方という人は…」

【武田】と言う名前を聞き、ナギの表情が豹変した。
恐ろしく冷徹な含み笑いを浮かべている。

「…見付けた」

その一言が何を意味するのか、
充分過ぎる程理解している男が口を挟む。

「ナギ、まだ出るな。
 状況を把握してからでも遅くはねぇ筈だ」
「パオフゥ、と言ったな。
 アンタの指図は受けねぇ。
 これは俺の、復讐だ」

パオフゥは『やはりな』と云う態度を示した。
過去の自分の姿と重なる筈だ。
【復讐】の二文字に囚われてるなんざ、
まるで同じではないか。

「しかし、此処迄知られた以上
 このまま帰す訳にはいきません」

武田の右手が微かに動いた。
それと同時にパソコンのディスプレイが大きく揺らめく。

「今度は地震等と云う物じゃないぞ!
 私は未知の生命を
 その世界に召喚する術を身に付けたのだっ!!」

ディスプレイは1つの魔法陣を描き出し、
其処から何かの手のような物が現れた。

* * * * * *

「白河先生っ!!」

先に飛び出したのはナギでなく秋菜だった。
先生を守りたい、その一心で。

「かぁ~っ! 何やってんだ、彼奴は?」

止むを得ずパオフゥ、春、ナギが後に続く。
夏樹は驚きと心配の表情で振り向いた。

「青木君…」

再会を複雑な思いで迎える2人に対して、
パオフゥが口を挟む。

「済まねぇな、先生。
 どうしても出なけりゃ
 引っ込みが付かねぇらしくてよ」

ナギはただ一人、武田と対面していた。

「久しぶりだな、武田…」

威圧感漂う凄みの口調でナギは武田を睨み付ける。
過去の因縁が、彼をそうさせるのか。

「THIRTEENTH…? 何故此処に?」
「決まってるだろう? 貴様を消去する為だ」

武田は全身を激しく震わせている。
死神を見る様な目でナギを凝視し…。

「組織の命令か? 私はただ…」
「奴等は関係無い。
 俺の望みは、組織の完全消滅。
 その手始めに、貴様に消えてもらう」
「何? …ハハハッ、なら貴様が反逆者か!
 成程、【13番目の双子】とはよく云ったものだ!!」

武田のこの一言が、完全にナギの理性を打ち消した。
怒りが限界に達する。

「13番目…?」

春は事情を飲み込め無いながらも、
何とか理解しようとしていた。
ナギは明らかに【13】と云う数字に反応した。
自分を見失う位迄に忌み嫌う
【THIRTEENTH】とは…。

「私は無敵なのだ!
 あの御方に戴いたこの薬で、
 無敵の体を手に入れたのだからなっ!!」

武田の様子が変だ。
激しい痙攣と獣のような咆吼を繰り返し、
異形の姿へ変貌する。
ディスプレイからも蝙蝠の翼を持つ
子鬼が2体、姿を現した。

「これが進化だと?
 化け物に成り果てて、何が進化だ!」

夏樹は唇を噛み締めた。
自分の目指した世界は
このような物を追求する為に存在するのではない、と。
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