THE EMPRESS

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南条ナンジョウ ケイは今日も眉間に皺を寄せながら
写り変わる電子ニュースに目を通していた。

「相変わらず物々しい事件ばかりが
 紙面を飾る様だな、松岡?」
「仰有る通りですな」

松岡と呼ばれた執事も同様に厳しい顔をしている。

「御影町、スマル市。…そして今度は友津市か。
 つくづく俺は事件に縁の有る男らしい」
「圭様」
「…判っている。
 今の俺には守らねばならぬ者達が居る。
 南条コンチェルンを率いる者として…な」

あれから5年が過ぎた。
不甲斐ない父親を廃し、圭に跡目を継がせたのは
松岡を始めとする部下達だった。
彼等の思いを無駄には出来ない。
それが、彼の学んだ教訓だった。

「俺は神取カンドリとは違う。奴と同じ過ちは犯さない。
 …それが、奴と交わした【約束】だ」

彼の目にはハッキリと神取の微笑が浮かんでいた。

ふと机の内線が鳴る。

「はい。…圭様に?」
「誰だ?」
「お客様の様ですが。アポイントは無いとかで。
 …確か、稲葉イナバ 正男マサオ様と」
「稲葉か!! 通せ! 高校時代の戦友だ」

恭しく頭を下げ、松岡はビルの受付へと向かった。

* * * * * *

やっとの思いで外に出る事が出来たものの、
組織が何の目的で動き出したのかが判らない今
無闇に街を歩く訳にはいかない。
それ以前に全員、心身共に疲れ切っていた。

「近くに俺の家がある。一旦帰るか」
「パオフゥさんの家? でも奥さん…」

秋菜の一言に答えるかの様に、彼は携帯を取り出した。

「…俺だ。一寸拙い事になってな、一旦そっちに戻る。
 …あぁ、4人程連れて帰る」

電話を終えて、悪戯っぽい笑みを浮かべて振り返る。

「これで良いんだろ?」
「それだけで御夫人は理解されたと?」

今度は夏樹が質問する。

「そう云うもんさ。夫婦なんてのはな」

満足そうな笑みを浮かべてみせる。
彼にしては珍しい位、優しい笑みだった。

「は~い!」

ドアベルに対し、明るい声が返事をする。
相変わらずパオフゥの目は笑ったままだ。
やがてゆっくりと扉が開く。

「…何だ、薫か」
「何だ、はねぇだろ? …ただいま」
「お帰り」

いつもの様にキスで出迎えようとしてハッとする。
彼女の目が後ろに控える4人の姿を確認したからだ。
顔を赤め、パオフゥを睨み付ける。
彼女独特の抗議のアクションだ。

「紹介する。春、秋菜、夏樹…ナギだ」
「白河 夏樹と言います。初めまして」
「お邪魔して済みません。青木 秋菜です」
「紫堂 春です」

ナギは少し困惑している様だ。
上手く自己紹介が出来ずに焦っている。
うららはそんな心の動揺を感じたらしい。
優しく手を取り、微笑んだ。

「貴方がナギ君ね?
 初めまして、嵯峨うららよ」
「嵯峨…?」

4人は顔を見合わせる。
何かに気付いたらしく
彼女は乱暴にパオフゥの右耳を引っ張る。

「アンタねぇ…。ちゃんと名乗ったの?」
「痛ぇっ! 耳、耳が…」
「コイツ、自分の事を【パオフゥ】って
 名乗ったんじゃない?」

うららの一言に夏樹は思わず吹き出した。
成程、夫婦とはそう云う物らしい。

「ちゃんと名乗りなさいよ、薫ちゃん!」
「薫っ!?」

今度は若者達が吹き出す。
外見と名前のギャップが激し過ぎる。
まだ【パオフゥ】の方がイメージに合う気がする。

「【ちゃん】付けは止めろって言ってるだろっ!!
 何で付けるんだよ!」
「自業自得でしょうが! 反省してるの?」
「玄関先で夫婦喧嘩もなんですから、中に入れますか?」

夏樹の絶妙のフォローで何とかその場は収まったが、
若者達は、もう少し見ていたいと思っていた。
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