THE EMPRESS

2

「成程ね。…そりゃ厄介だわ」

手料理を持て成しながら、うららは溜息を吐いた。

「救いようのない生き物なのかもね、人間って奴は」
「うららさん…?」

寂しそうな笑みを浮かべ、彼女は秋菜の声に答えた。

「こんな若い子達を苦しめておいて、
 元凶はのうのうと生きてるんだモン。
 …この子には住み易い世界で
 生まれて来て欲しかったのに」

慈しむように腹部に手を当てる。
その手を更に後ろから包み込み…。

「お前の所為じゃねぇだろ? そんな物言いは止めろよ…」

パオフゥ―薫は強く彼女を抱き締めて、そう呟いた。
誰に見られても構わない。
彼女の不安な気持ちを少しでも軽減出来るのなら…。
それが彼の愛し方だった。

「…御免、薫。もう大丈夫。
 少しマタニティブルー入っちゃった」

うららはぎこちないながらも優しげな微笑みを浮かべる。
彼女の微笑みを見て、
何故か保は胸が締め付けられる感じがした。

昔 そんな微笑みを浮かべた女性が居た。

断片的に蘇る記憶。
そして…それは保だけではなかった。
秋菜も隆志も、そして生も、それぞれが
昔の記憶の中で眠る微笑みの主を思っていた。
特に隆志と生は悲痛な表情を浮かべている。

「百合華…」

隆志は消え入りそうな声で微かにそう呟いた。
聞き取れたのは生だけだった。

─ やはり…そうなんだ

生は隆志の正体を知っている。
恐らく隆志も彼の正体に気付いているはずだ。
2人の間に共通の何かが漂っていた。

* * * * * *

「Oh! 主婦も大変なんですのね、優香?」
「デルモには負けるけどね」

同時刻、珠閒瑠市夢崎区のピースダイナー。
其処には雑誌モデルとして活躍している
聖エルミン高校卒業生、
桐島 英理子(エリー)の姿があった。
向かい側に座るのは1人の女。
彼女の親友であり、戦友でもある。
旧姓は綾瀬 優香。
結婚し、今は旦那と二人で
平凡ながらも幸せな生活を送っている。

「でもエリーも色々大変だったんだって?
 例の新世塾スキャンダル、
 アンタと南条も巻き込まれたんでしょ?」
「巻き込まれたと言うより、自ら飛び込んだんですが…」
「相変わらず無茶するんだから」

優香はコーヒーを飲み干して呟いた。

「セベク・スキャンダルからもう8年…か」
「早いものですわね」
「アタシさぁ、時々思うのよ。
 もしあの事件が無かったら、
 アタシは本当の友達が居ない
 一生を送ってたんだろうなぁ…ってさ」
「優香…」
「アンタ達に会えて良かったって思ってる。
 だから今度は…」

優香は手で拳銃の形を作り、エリーに撃って見せた。

「ちゃんとアタシも呼びなよ。友達だろ?」
「Thanks 優香」

二人は固く握手を交わした。
それ以上の言葉は不要だった。
Home Index ←Back Next→