台所からうららの声がする。戦場より帰還した者達を
得意の手料理で持て成そうという計らいなのだが。
どうも頭上の物を取るのに不自由をきたしたらしい。
「…何が必要なんだ?」
彼女の体を気遣い、薫が台所へ向かう。
「んとね…」
「…仕方無ぇなぁ」
夫婦の会話とは…
肝心の内容が他人には伝わらない物なのかも知れない。
「…ねぇぞ?」
目的の物が見当たらず、薫が首を傾げる。
「あれ? おっかしいなぁ~?」
「本当に此処なのか?」
「ん…。多分……」
自信無さ気なうららの声に薫が苦笑で返す。
「…これ?」
不意に背後から声が届き、二人は揃って其方を見た。
「生…」
「生君…」
「これ…テーブルの上に置いてあったけど?」
生は大きめのボウルを手にして立っていた。
うららはニッコリ微笑み、ボウルを受け取る。
「これよ! ありがと、生君! 助かったわ!!」
「良かった。うららさんの役に立てて」
こうなると立つ瀬の無いのが薫である。
何とも気拙く、ポリポリと頭を掻いている。
「薫も、ありがと!」
うららは軽く頬に口付けを送るが、
彼の表情は何となく暗い。
言葉を発する事無くその場を立ち去る薫の後ろ姿を
うららと生は不思議そうに見つめていた。
ベランダで煙草を吸いながら
薫はぼんやりと友津市の夜景を眺めていた。
うららは、と云うと どうも生を気に入ったらしく
彼と、彼の側に居る秋菜の3人で話が盛り上がっていた。
「…つまんねぇなぁ」
子供が出来たと判った時から意地を張らずに
うららを見守っていこうと決めた手前、
談笑の輪に入っていくのも気が引ける。
しかし…持って生まれた独占欲を抑える事は至難の業だ。
心の狭い人間であると痛感する。
こんな男に惚れてくれたうららに感謝しつつも
どうしてこんな男が良かったのか理解し難い一面もある。
「何 黄昏れてんの?」
不意にうららがベランダにやって来た。
「…別に」
「別に…かぁ」
うららは意味深な笑みを浮かべている。
「アンタってさぁ、何か考えてる時程
『別に』って返答するのよね。
…知ってた?」
「いや…」
「ヤキモチ?」
「…誰に?」
核心を突かれ、少し口調が荒れる。
「安心して。私にはアンタだけよ」
「…ふん」
「可愛くないわねぇ~」
クスクスとうららが笑う。
その仕草一つ採ってみても
随分と『大人の女』になったものだ、と妙に感心する。
「本当、よく似てるわ。アンタと生君」
「何処が?」
自分でもそう思っているだけに、
図星を着かれるとついムキになってしまう。
「自覚はしてるんだ」
優しい眼差し。
彼女はそれを自分以外の存在にも向ける事が出来る。
─ それが…辛いんだがな。
独り占めしたい、そんな欲望が沸々と沸き上がる。
─ アイツも…うららと自分の母親を重ねてんだろうか?
少し強く彼女を抱き締めながら、
薫はぼんやりとそんな事を考えていた。