THE EMPRESS

3

「ねぇ、一寸手伝ってくれない?」

台所からうららの声がする。戦場より帰還した者達を
得意の手料理で持て成そうという計らいなのだが。
どうも頭上の物を取るのに不自由をきたしたらしい。

「…何が必要なんだ?」

彼女の体を気遣い、薫が台所へ向かう。

「んとね…」
「…仕方無ぇなぁ」

夫婦の会話とは…
肝心の内容が他人には伝わらない物なのかも知れない。

「…ねぇぞ?」

目的の物が見当たらず、薫が首を傾げる。

「あれ? おっかしいなぁ~?」
「本当に此処なのか?」
「ん…。多分……」

自信無さ気なうららの声に薫が苦笑で返す。

「…これ?」

不意に背後から声が届き、二人は揃って其方を見た。

「生…」
「生君…」
「これ…テーブルの上に置いてあったけど?」

生は大きめのボウルを手にして立っていた。
うららはニッコリ微笑み、ボウルを受け取る。

「これよ! ありがと、生君! 助かったわ!!」
「良かった。うららさんの役に立てて」

こうなると立つ瀬の無いのが薫である。
何とも気拙く、ポリポリと頭を掻いている。

「薫も、ありがと!」

うららは軽く頬に口付けを送るが、
彼の表情は何となく暗い。
言葉を発する事無くその場を立ち去る薫の後ろ姿を
うららと生は不思議そうに見つめていた。

* * * * * *

ベランダで煙草を吸いながら
薫はぼんやりと友津市の夜景を眺めていた。
うららは、と云うと どうも生を気に入ったらしく
彼と、彼の側に居る秋菜の3人で話が盛り上がっていた。

「…つまんねぇなぁ」

子供が出来たと判った時から意地を張らずに
うららを見守っていこうと決めた手前、
談笑の輪に入っていくのも気が引ける。
しかし…持って生まれた独占欲を抑える事は至難の業だ。

心の狭い人間であると痛感する。
こんな男に惚れてくれたうららに感謝しつつも
どうしてこんな男が良かったのか理解し難い一面もある。

「何 黄昏れてんの?」

不意にうららがベランダにやって来た。

「…別に」
「別に…かぁ」

うららは意味深な笑みを浮かべている。

「アンタってさぁ、何か考えてる時程
 『別に』って返答するのよね。
 …知ってた?」
「いや…」
「ヤキモチ?」
「…誰に?」

核心を突かれ、少し口調が荒れる。

「安心して。私にはアンタだけよ」
「…ふん」
「可愛くないわねぇ~」

クスクスとうららが笑う。
その仕草一つ採ってみても
随分と『大人の女』になったものだ、と妙に感心する。

「本当、よく似てるわ。アンタと生君」
「何処が?」

自分でもそう思っているだけに、
図星を着かれるとついムキになってしまう。

「自覚はしてるんだ」

優しい眼差し。
彼女はそれを自分以外の存在にも向ける事が出来る。

─ それが…辛いんだがな。

独り占めしたい、そんな欲望が沸々と沸き上がる。

─ アイツも…うららと自分の母親を重ねてんだろうか?

少し強く彼女を抱き締めながら、
薫はぼんやりとそんな事を考えていた。
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