THE EMPRESS

5

「大丈夫かしら…」

食前のお茶を楽しみながらも
秋菜は生の事が心配らしい。
うららには、そんな彼女が
一昔前の自分と重なって見えていた。

「…心配?」
「えぇ…」
「…大丈夫よ」
「そう、ですか…?」
「少々殴り合いのケンカになったって
 顔が少し変形するだけで大した事無いって」
「それは…っ!」

慌てて立ち上がった秋菜の動きに同調し、
テーブルが揺れる。

「…ご、御免なさい……」
「優しいのね、秋菜ちゃんは」

クスッとうららは微笑を浮かべた。

「心配じゃ、ないんですか?」

顔を覗き込む秋菜の目を真っ直ぐに見つめ、
うららは静かに頷いた。
その仕草一つ採っても
彼女が如何に薫を信頼してるかが見て取れる。

「羨ましいな…」

呟くように秋菜が言った。

「そんな風に誰かを信じられるなんて…」
「そうでも無いわよ」
「…えっ?」
「アイツの事を100%解っている訳じゃないわ。
 寧ろ解らない事だらけ」
「でも…」

秋菜は首を傾げている。

「男と女の間にはね『理屈なんか無い』って事なの」

うららは無邪気な笑みを浮かべていた。

「頭で理解しようとしても駄目。
 大切な事は、ちゃんとサインを出して教え合えるから」
「そう…なんだ……」
「だから…」

先程とは打って変わって
彼女は真剣な眼差しで秋菜を見つめた。

「守ってあげてね、貴女の大切な人を…」
「うららさん…?」
「…ね」

いつにも増して優しい笑みを浮かべるうらら。
秋菜は、黙って頷くしかなかった。

「ありがと!」

うららの表情がいつもの様子に戻る。
まるで何事もなかったかのように。

彼女は一体秋菜に何を伝えたかったのか。

その言葉の意味、重さを秋菜が理解するのは
暫く経ってからの事になる。

* * * * * *

「只今…」

二人はそれから10分程してから戻って来た。
危惧していた通り、顔がやや変形している。
だが、表情はそれに反して爽やかだった。

「一昔前の友情ドラマでもしてきた?」
「へへ…」

照れ笑いの薫、無言ながら目が笑っている生。
この状景がうららには見えていたのだろうか。

「ほら、二人とも顔を洗ってらっしゃい」

子供を急かせるように二人を浴室へ向かわせる。
彼等は時折笑い声を上げながら歩いて行った。
その後ろ姿を見送るうららの目が一瞬潤んだのを
秋菜は見逃さなかった。
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