THE EMPEROR

1

「うらら、ルナパレスに行け」

薫の提案に彼女は驚きの表情を示した。
余りにも唐突だった。

「天野の所なら安心だろ? 近くには港南署もある。
 …癪に障るが 周防兄弟も居るし…」
「薫…」
「今の俺はお前を守ってやると約束出来ない。
 此奴等をこのままにしておけねぇし。
 …それに、嫌な予感がするんでな」

うららは黙って目の前の愛する男の言葉を聞いた。
目に涙を浮かべながら。

「…判ったわ」

そう言うのがやっとだった。
薫は悲しげな微笑みを浮かべ、無言で彼女を抱き締める。

「済まん、うらら…」
「うららさん…」

秋菜もまた辛い思いを抱いていた。
愛する者を残してまで
戦場に向かう男の心情が理解出来ない。
何故そこまでして戦わなければならないのか。

「さっさと終わらせちまえば良い…」

呟くように生が言った。
まるで彼女の心の中を察知したかのように。

「生…」
「秋菜、覚えとけ。誰かの為に戦える奴は強い」
「…」
「結局はそこに辿り着くんだ。
 戦う理由なんてモンは全て…」

生の言葉に隆志は静かに頷いた。
秋菜は何となく、
彼等も同じ理由で戦っているのだなと思った。

* * * * * *

「薫、一寸…」

うららは一転して彼を部屋の奥へと連れて行く。
彼等の後を追うべきか悩んだものの、
誰もが無粋な事だと承知してその場に待機した。

「何だ?」
「うん…」

言葉が詰まる。
寂しそうな瞳が忘れられなかった。

「あの子…」
「あの子?」
「白い髪の…生君、だったわね?」
「あぁ…」
「似てる」
「誰に?」
「昔の…アンタに……」
「……」

やはり、彼女には判る物なのか。
薫は黙ってうららを見つめていた。

「理由は判らない。
 でも…あの子のペルソナが泣いてる気がする」
「ペルソナが?」
「うん…」
「…そうか」

正直、返答に困った。
今でも何処かで『ペルソナ=武器』と捉えている為か
それらに感情があるとは考え難いのだ。

「心の奥底に無理矢理 気持ちを押し込んで、
 そんな状態で戦おうとしているわ。
 何故かは判らないけど、それが凄く悲しくて……」

【感覚】がうららに何かを伝えようとしているのか。
どちらかと言えば「自分を避けている」と思っている薫に対し
彼が本当の気持ちを表す事は無いだろう。

─ うららだから、「伝えたい」のか?

複雑な気分で、彼女の次の言葉を待つ。

「助けてあげて」

真っ直ぐに見つめ、彼女は言った。

「あの子達の力になってやって。
 …私は大丈夫だから」
「うらら…」
「多分…これはアンタにしか出来ない事だと思うの。
 生君は…あまりにもアンタに似過ぎている……」
「…そうだな」
「だから…」

瞳を閉じ、祈るように…。

「同じ苦しみは味わせないで。
 …多分、アンタが一番
 あの子の苦しみを理解出来るから」
「あぁ…」

どこまでも優しい女だ。愛しさが込み上げてくる。
多少勢いに任せて、彼は彼女と熱い口付けを交わした。

* * * * * *

「今、何を考えてるんですか?」

暫くの沈黙を破ったのは保だった。
深く目を閉じ、何か思いに耽る隆志に対して。

「ん?」
「先生、…戦う事に慣れてたみたいだったし」

隆志はフッと笑みを浮かべた。

「慣れている…かも知れないね。確かに」

否定はなかった。
秋菜は黙って話を聞いている。

「ペルソナについても詳しそうだし」
「能力に目覚めたのがかなり前だからじゃないかな?
 ペルソナを使役してから、
 自ずと戦う機会が増えたような気がする」
「ペルソナ…か」

溜息と共に出た言葉。

「一体何なんだろう? ペルソナって…」
「……」

初めは【興味】だった。
ソレを召還する度に起こる【高揚感】。

初めてナーガラージャを呼び出した時に感じた波のうねりが
彼の全身に広がっていく。

─ 俺の呼び掛けに答えたペルソナ…。

改めて保はペルソナについて思いを馳せた。
自覚は無いが、ペルソナの力強い躍動は
彼の可能性をそのまま表しているのである。
隆志は静かな微笑みを浮かべたままだ。
彼には保の持つ『未知なる力』が見えているのだろうか。

* * * * * *

8年ぶりの再会だった。
多少体つきが逞しくなった以外、彼は以前と何も変わらない。
それが圭には嬉しかった。

「遂に一番になったか、お前。
 山岡さん喜んでるぜ、きっと」

圭ははにかんだ笑みを浮かべる。
実力で一番になった訳じゃない、
そう言いたかったが言えなかった。
それ程 目の前の男は
我が事のように喜んでいてくれたからだ。

「お前はどうなんだ、稲葉?」
「俺? どうと言われてもなぁ。
 …アートってのは
 今日明日で結果が出るモンじゃないし」
「あれから8年も経つが?」
「…相変わらず、痛い所突いてくるのな お前」

稲葉 正男(マーク)は拗ねたかと思うと、
豪快な笑い声を上げた。

「お前も変わってないじゃんか! 安心したぜ」
「俺は変わらん。あの頃の気持ちを忘れはしない。
 墓場まで持って行く」
「お前なら本当にやりそうだな」

マークは周囲を見回した。
声のトーンを落として続ける。

「ペルソナ使い、えらく多くないか?
 あちこちで共鳴しまくりで参ったぜ」
「お前が留守にしてる間にも色々あってな」
「フィレモンがサービスしまくったんじゃねぇの?
 溢れ過ぎだよ」

マークの表情が急に厳しくなる。

「あんな思いすんのは俺達だけで充分じゃねぇか…」

圭も同感だ。

ペルソナを使役する者は強い精神力を要求される。
ニャルラトホテプと対等に戦う為に。
それは必然的に過酷な運命に身を投じる事になる。
失う必要の無い者を失う結果に繋がる。

圭もまた、山岡老人を失った。
あんな思いは誰にもして欲しくない。

「だから俺達が此処に居る。…違うか?」

圭の言葉にマークは力強く頷いて見せた。
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