THE EMPEROR

2

リサ・シルバーマンは久しぶりの休暇を満喫した。
在籍するMUSESの活動は年々忙しくなる。
プロデューサー不在のアイドルは直ぐに下火だ、
と言う悪評にも負けず彼女は歌い続けた。
尤も最近はガス・チェンバーなるバンドと
人気を二分している状態だが。

「栄吉も淳も忙しいんだろうなぁ」

ふと幼馴染み達の事を思う。
ほろ苦い想いが胸を支配する。

彼女達は全てを思い出していた。
幼き日の悲劇、そして…悲しき別れと忘却の果ての再会。
世界の崩壊を防ぐ為に過去をリセットした事も全て。
だが、彼女等が記憶を取り戻しても
世界は崩壊したりなどしなかった。
それを望まなければ、大丈夫だった。
何も彼女達だけが犠牲になる事は無かったのだ。

「情人(チンヤン)…仕事、頑張ってるんだろうな」

リサは警察官としての道を選んだ初恋の人を思った。

周防 達哉。
深淵の闇に魅入られつつ
最後までニャルラトホテプと戦い抜いた戦士。

記憶を失っても彼女は想い続けてた。
そんな自分を少し誇らしく思う。
だが、決して口に出さなかった。

「舞耶ちゃんも相変わらずだよなぁ。
 親友のうららさんは結婚したって言うのに…」

達哉の想い人の心配をする始末だ。
我ながら呆れ返る。

誰よりも魅力的でありながらも
家事が一切出来ない天然ボケな女性、天野舞耶。
偶に仕事で会うだけで、ゆっくり話も出来ない。
しかしそれでもリサにとっては優しい自慢の姉だ。

「久しぶりだし、会いたいな。…居るかな?」

思い切って彼女の携帯にダイヤルする事にした。
家でじっとしているのは、やはり性に合わないらしい。
どこまでも父の理想とは微妙にずれた大和撫子だ。

* * * * * *

園村 麻希は不気味な空気が
珠閒瑠市に流れ込んで来る気配を感じていた。
人よりも感受性が強く、
所有するペルソナ能力も高い彼女は
言い知れぬ危機感に恐怖していた。

「ただの気の所為、そう言えないのが辛い…」

彼女は空を見上げた。
薄曇りの空が更に彼女を苦しめる。

「こんな時、彼ならどう思うんだろう?
 …どうするんだろう?」

彼女は不安な時いつも或る人物の事を思う。
高校のクラスメイトで生命の恩人の一人、
そして…想い人。
左耳にピアスをした青年。

「彼に…会いたいな」

やはり寂しいのだ。
自分の左耳にそっと手を当て、唇を噛んだ。

* * * * * *

友津市役所の前に佇む男が居た。
麻希の、そしてエリーの想い人だ。
鋭い眼光が側に人を近付けない。
彼も以前からこの街に滞在し、
そして異変を誰よりも早く察知していた。

「街の人達はこの異変に気付いていないようだな。
 セベク・スキャンダルの時と同じだ」

拳を握り締める。
ニャルラトホテプの嘲笑が聞こえてくるようだ。
怒りを何とか抑えつつ、現状を冷静に見据える。
25歳の青年とは思えない沈着冷静さ。
命懸けの戦いがもたらした副産物と云えよう。

「俺は、俺達はどう動くべきか。
 …皆に会う必要が有るな」

その決断も行動も、誰よりも早い。
尤も彼の場合、
常に二択選択が行動に付き纏った所為もあるが…。
携帯を取り出し、メモリーでダイヤルする。

「…園村? 俺だけど…」
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