秋菜のゴリ押し意見が通った為だ。
彼女は我が儘で意見を通した訳ではない。
誰よりその気持ちをうららは理解していた。
「マーヤ、家に居るって。
今日は仕事休みなのかな?」
「サボりじゃねぇの?」
「…言えてるわね」
「彼女は何の仕事を?」
隆志の問いにうららは笑顔で答えた。
「月刊クーレストの編集。
…本人は非道い流行音痴なんだけどね」
「流行…音痴、ですか」
ふと後ろを振り返る。
女子大生の秋菜は別として、
流行音痴なのは他人事じゃない連中ばかりだ。
何故か舞耶に親近感を抱く隆志であった。
「驚くわよ、部屋の中に入ったら」
意味深なうららの言葉に背中を押されながら、
保は思い切ってドアベルを鳴らした。
すると音も無くドアが開き、
部屋の住人らしき人影が現れた。
薄いブロンドの髪に白く輝く肌。
「あれ、うららさん?」
「リサちゃん? マーヤは?」
「リサ? もしかして
MUSESのリサ・シルバーマン!?」
素っ頓狂な声を上げる秋菜。
男3人衆は何の事がサッパリ判っていない。
「おい、騒ぐな。恐らくお忍びだろうから…」
薫のウインクに頷くリサ。申し訳なさそうに微笑む。
すると部屋の奥から大きな物音が響き渡った。
「うらら、来たの?
きゃあ、急いで片付けなくちゃ!!」
舞耶の叫びが玄関にまで届く。
「舞耶ちゃん、張り切ってるのは良いんだけど。
…益々散らかっていくのよね」
リサの苦笑はそれでも何処か穏やかだった。
「話は大体解ったわ」
部屋も落ち着き、舞耶は改めて彼等の話を聞いた。
記者として最近の友津市の動向に
不安を感じていた矢先に彼等の訪問。
彼女は何かの存在に勘付いていた。
恐らくうらら達も同じだろう。
だからこそ薫は自分に妻子を託して戦場に赴くのだろうと。
「スマル市に関しては、まだ心配 要らないと思うわ。
おかしな動きは感じられないし、それに…」
言い掛けて、一瞬リサを見つめる。
「達哉君達も調査してくれてるから」
ペルソナ使いにしか出来ない事がある。
記憶を取り戻した達哉が舞耶に言った言葉。
ふと脳裏に浮かんだその言葉を口にする。
「舞耶ちゃん…」
その言葉の意味が解るからか、
リサも黙って頷いていた。
ペルソナ使いだからこそ。
嫌でも思い出す。先の戦い…。
繰り返される事への苛立ちからか、
薫の表情は一層険しくなる。
─ だから人間って奴は…。
重苦しい雰囲気を察知したのか、
打って変わって明るい笑顔と声で、舞耶はこう言った。
「貴方達がペルソナ使いとして
友津市の危機を感知したのなら…」
舞耶は満面の笑顔を浮かべて言った。
「解決しないとね!
大丈夫、私達もついてるわ!!」
「天野さん…」
保の表情は、【彼】とよく似ていた。
守ってやりたい、と強く思う。
「私達の力が必要なら何時でも言って!
直ぐに駆け付けるから!!」
やる気満々の舞耶の様子に思わず吹き出す保達。
だが、うららだけは違った。
『それ』が空元気である事位、とうに見抜いていた。
再び始まるのだ。
気が遠くなる位に過酷な戦いの舞台が。
もう自分は力になれない。
それも彼女の心に重くのし掛かっていた。
見守る事しか許されない現状を
「許して欲しい」とさえ思う。
「秋菜ちゃん…」
「はい?」
「約束、ね…」
哀しそうな表情で、小さく贈った言葉。
これからの戦いの中、
どうか道に迷う事がないように…。
友津市の中心に位置する巨大工場の跡地。
その地下に何かが有る。
『棺』と書かれたガラスタンク。
全く光の届かない部屋の中で怪しく輝く。
先程から只一人、
この光る物体を静かに見つめている男が居た。
口元に冷ややかな笑みを浮かべ、満足そうに呟く。
「私を楽しませてくれよ…」
その声に答えるかのように、
物体は少しづつ人型に変形する。
虹色の光を発しながら。
「取り敢えず何処に向かえば良いのかな?」
スマル市を後にし、彼等は再び友津市へと戻って来た。
組織を追うとは言っても、情報が全く無い。
宛も無く市内を彷徨いても手掛かりは獲られそうにない。
途方に暮れる中、
保が何かを思い付いたかのように歩き出した。
「何処に行く気だい?」
「公園」
「…其処に行けば何か手掛かりでも?」
「さぁ…」
「公園でゆっくりくつろいでる時間なんかねぇだろ?」
生の抗議も耳に入っていない様子で先に進む。
カリカリする生に秋菜は笑顔で言った。
「公園で落ち着いてこれからどうするのをか決めようよ。
きっと良い案が浮かぶわよ」
「…秋菜がそう言うのなら、仕方ねぇな」
溜息を吐き、渋々従う生。
そんな二人のやり取りを隆志は微笑ましく思った。
─ この子達なら大丈夫だな。きっと…全てを知っても。
黙って彼等を見つめる隆志を同様に、
しかし何処か冷めた目で薫は見つめていた。
教え子の秋菜は兎も角、
彼は保や生の事も前から知っている素振りを見せる。
それは万が一にも有り得ないはずだが…。
「どうしました、嵯峨さん?」
彼の表情に気付いたのだろう、隆志から声が掛かる。
「…別に」
「…と言う感じには見受けられませんが?」
「…なら、はっきり此処で聞いておこうか?
お前の正体を」
険しい表情のまま彼は続けた。
「俺は警戒心が強いんだ。
共に行動するからと言って、直ぐに仲間だとは認めねぇ。
特に今みたいに敵の素性が判らない内はな」
「…僕が組織の一員だと、疑っていると言う事ですか?」
「肝に免じておいた方が良いぜ」
隆志は思わず溜息を吐いた。
こう述べられると二の句が継げない。
「何時かは話しますよ。…でも今はまだ早いんです」
薫は何も言わなかった。
煙草に火を付け、静かに煙を燻らす。
保達は随分と先へ行っている。
「急ぎましょうか…?」
二人は顔を背けたような感じで再び歩き出した。