THE HIEROPHANT

1

結局ルナパレス港南までは全員で向かう事になった。
秋菜のゴリ押し意見が通った為だ。
彼女は我が儘で意見を通した訳ではない。
誰よりその気持ちをうららは理解していた。

「マーヤ、家に居るって。
 今日は仕事休みなのかな?」
「サボりじゃねぇの?」
「…言えてるわね」
「彼女は何の仕事を?」

隆志の問いにうららは笑顔で答えた。

「月刊クーレストの編集。
 …本人は非道い流行音痴なんだけどね」
「流行…音痴、ですか」

ふと後ろを振り返る。
女子大生の秋菜は別として、
流行音痴なのは他人事じゃない連中ばかりだ。
何故か舞耶に親近感を抱く隆志であった。

* * * * * *

「驚くわよ、部屋の中に入ったら」

意味深なうららの言葉に背中を押されながら、
保は思い切ってドアベルを鳴らした。
すると音も無くドアが開き、
部屋の住人らしき人影が現れた。
薄いブロンドの髪に白く輝く肌。

「あれ、うららさん?」
「リサちゃん? マーヤは?」
「リサ? もしかして
 MUSESのリサ・シルバーマン!?」

素っ頓狂な声を上げる秋菜。
男3人衆は何の事がサッパリ判っていない。

「おい、騒ぐな。恐らくお忍びだろうから…」

薫のウインクに頷くリサ。申し訳なさそうに微笑む。
すると部屋の奥から大きな物音が響き渡った。

「うらら、来たの?
 きゃあ、急いで片付けなくちゃ!!」
舞耶の叫びが玄関にまで届く。

「舞耶ちゃん、張り切ってるのは良いんだけど。
 …益々散らかっていくのよね」

リサの苦笑はそれでも何処か穏やかだった。

* * * * * *

「話は大体解ったわ」

部屋も落ち着き、舞耶は改めて彼等の話を聞いた。
記者として最近の友津市の動向に
不安を感じていた矢先に彼等の訪問。
彼女は何かの存在に勘付いていた。
恐らくうらら達も同じだろう。
だからこそ薫は自分に妻子を託して戦場に赴くのだろうと。

「スマル市に関しては、まだ心配 要らないと思うわ。
 おかしな動きは感じられないし、それに…」

言い掛けて、一瞬リサを見つめる。

「達哉君達も調査してくれてるから」

ペルソナ使いにしか出来ない事がある。
記憶を取り戻した達哉が舞耶に言った言葉。

ふと脳裏に浮かんだその言葉を口にする。

「舞耶ちゃん…」

その言葉の意味が解るからか、
リサも黙って頷いていた。

ペルソナ使いだからこそ。

嫌でも思い出す。先の戦い…。
繰り返される事への苛立ちからか、
薫の表情は一層険しくなる。

─ だから人間って奴は…。

重苦しい雰囲気を察知したのか、
打って変わって明るい笑顔と声で、舞耶はこう言った。

「貴方達がペルソナ使いとして
 友津市の危機を感知したのなら…」

舞耶は満面の笑顔を浮かべて言った。

「解決しないとね!
 大丈夫、私達もついてるわ!!」
「天野さん…」

保の表情は、【彼】とよく似ていた。
守ってやりたい、と強く思う。

「私達の力が必要なら何時でも言って!
 直ぐに駆け付けるから!!」

やる気満々の舞耶の様子に思わず吹き出す保達。
だが、うららだけは違った。
『それ』が空元気である事位、とうに見抜いていた。

再び始まるのだ。
気が遠くなる位に過酷な戦いの舞台が。

もう自分は力になれない。
それも彼女の心に重くのし掛かっていた。
見守る事しか許されない現状を
「許して欲しい」とさえ思う。

「秋菜ちゃん…」
「はい?」
「約束、ね…」

哀しそうな表情で、小さく贈った言葉。
これからの戦いの中、
どうか道に迷う事がないように…。

* * * * * *

友津市の中心に位置する巨大工場の跡地。
その地下に何かが有る。
『棺』と書かれたガラスタンク。
全く光の届かない部屋の中で怪しく輝く。
先程から只一人、
この光る物体を静かに見つめている男が居た。
口元に冷ややかな笑みを浮かべ、満足そうに呟く。

「私を楽しませてくれよ…」

その声に答えるかのように、
物体は少しづつ人型に変形する。
虹色の光を発しながら。

* * * * * *

「取り敢えず何処に向かえば良いのかな?」

スマル市を後にし、彼等は再び友津市へと戻って来た。
組織を追うとは言っても、情報が全く無い。
宛も無く市内を彷徨いても手掛かりは獲られそうにない。
途方に暮れる中、
保が何かを思い付いたかのように歩き出した。

「何処に行く気だい?」
「公園」
「…其処に行けば何か手掛かりでも?」
「さぁ…」
「公園でゆっくりくつろいでる時間なんかねぇだろ?」

生の抗議も耳に入っていない様子で先に進む。
カリカリする生に秋菜は笑顔で言った。

「公園で落ち着いてこれからどうするのをか決めようよ。
 きっと良い案が浮かぶわよ」
「…秋菜がそう言うのなら、仕方ねぇな」

溜息を吐き、渋々従う生。
そんな二人のやり取りを隆志は微笑ましく思った。

─ この子達なら大丈夫だな。きっと…全てを知っても。

黙って彼等を見つめる隆志を同様に、
しかし何処か冷めた目で薫は見つめていた。
教え子の秋菜は兎も角、
彼は保や生の事も前から知っている素振りを見せる。
それは万が一にも有り得ないはずだが…。

「どうしました、嵯峨さん?」

彼の表情に気付いたのだろう、隆志から声が掛かる。

「…別に」
「…と言う感じには見受けられませんが?」
「…なら、はっきり此処で聞いておこうか?
 お前の正体を」

険しい表情のまま彼は続けた。

「俺は警戒心が強いんだ。
 共に行動するからと言って、直ぐに仲間だとは認めねぇ。
 特に今みたいに敵の素性が判らない内はな」
「…僕が組織の一員だと、疑っていると言う事ですか?」
「肝に免じておいた方が良いぜ」

隆志は思わず溜息を吐いた。
こう述べられると二の句が継げない。

「何時かは話しますよ。…でも今はまだ早いんです」

薫は何も言わなかった。
煙草に火を付け、静かに煙を燻らす。
保達は随分と先へ行っている。

「急ぎましょうか…?」

二人は顔を背けたような感じで再び歩き出した。
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