THE HIEROPHANT

2

『アラヤ公園』

其処は公園と呼ぶにはあまりにも狭い場所だ。
木々に隠されるようにポツンと賽銭箱がある。
保は何も言わず、壊れかけた賽銭箱を見つめている。

「生」

不意に名前を呼ばれて驚く。
保が自分に声を掛けてきたのはこれが初めてだ。

「知ってる事、言える事だけで良い。
 組織の事を教えて欲しい」
「…本気で奴等と殺り合うつもりか?」
「売られた喧嘩だからな。
 どの道、逃げ切れるとも思えない」
「お前は…組織とは関わりが無いんだ。
 お前も、秋菜も…」
「俺は知りたい」

保は真剣だった。
確かに今 自分と組織とは何の接点も無かった。
ペルソナも保身の手段にすれば良い。
だが、彼の心はそれを許さない。
そして秋菜も又 同じ思いだった。

「保君の言う通りだよ。
 生、これは私達にも関係のある事よ」
「…」
「どうしていつも辛そうな目をしているのか、
 その訳を教えて欲しいの」
「…俺は」

そう彼が言い掛けた時だった。

* * * * * *

空気が微かに血の臭いを含んでいた。
悪魔が召喚された時の感じに似ている。

「悪魔使いが現れたのか?」

隆志は素早く臨戦態勢を整えた。
隠し持っていた鞭を取り出し構える。
保、秋菜、薫も臨戦態勢を整えたのに対し、
ただ一人、生だけが何故か動こうとしない。

「生…?」

いつも誰よりも危機に対する反応が早い
彼らしからぬその姿に、彼女は不安を覚えた。
生の瞳は彼等の視線とは
別の所に向けられている様でもあった。
深い哀しみと、云い知れぬ恐怖。

「生!」

今度は強く、彼女は名前を呼んだ。
それだけが彼を現実に引き戻す
唯一つの術だと思ったからだ。

「…あぁ、判ってる」

だが彼はそう答えただけだった。

「ボヤっとしてんじゃねぇっ!!」

薫の容赦ない罵声に、生は僅かに反応した。

「…五月蠅ぇよ、オッサン」

血生臭い風が刃となって彼等を襲う。
敵がガルを放ったのだ。

マハ・マグナ!

すかさず隆志が 疾風系と対極に位置する
大地系の魔法で威力を相殺させる。
何も言わない分、彼の戦闘センスには正直 不気味な物がある。

「まさかTHIRTEENTHにこれ程強力な助っ人が存在したとは…。
 驚いたな」

静かに姿を現したのは中学生位の少年だった。

「お前が…今の魔法の使い手か?」

保は動揺を悟られまいと、必死に表情を固めた。
見た目で判断したら次の瞬間には殺られる、
祖父の言葉を噛み締めながら。

「我が名はFIRST。プロトタイプ・メシアの一人」
「プロトタイプ・メシア…?」

その響きがやけに引っ掛かった。薫がFIRSTに問う。

「お前等の組織名か?」
「そう採って貰っても結構だが?
 自分のこれからをもっと心配するべきじゃないのか、
 ペルソナ使いの諸君?」

不適な笑みが彼等に一瞬の隙を生じさせた。

ガルーラ!

FIRSTの両腕から凄まじい風が発される。
その風圧を受けて秋菜が後方に飛ばされた。

「秋菜っ!!」
真っ先に生が向かう。
敵に対して、背後が完全に無防備だった。
そんな彼に容赦なく2弾目が飛ぶ。

「まず、一人…」

FIRSTは確信していた。
舞い上がる土煙の中、THIRTEENTHの躯が横たわっている筈。

だがそんな彼の期待を保が裏切った。
二人を守るように、己の身体を盾にしていたのだ。
倒れゆく彼の身体を、生は必死で支えた。

「保…?」
「俺は、無関係じゃない。
 …戦わなきゃならない、理由が…あ、る…」

幾らペルソナを降魔しているとは云え、無謀すぎた。
意識が遠のく。

─ 守りたいの。ただ、守りたいだけなの…。

生に、そして保に守られながら、
秋菜は自分の無力さを噛み締めていた。
何も出来ない、その事が悔しかった。
ルナパレスを後にする時、うららに言われた言葉が胸に残る。

「守ってあげてね、貴女の大切な人を…」

その言葉を口に出す。涙が頬を伝って落ちていく。
無言で立ち上がる秋菜の目は、しっかりとFIRSTを捉えていた。

「どうする、つもりだい? 敵討ち?」

FIRSTの挑発に耳も貸さず、彼女はペルソナを喚び出した。

今、自分の成すべき事は…。

「…ディアラマ

保の身体を柔らかく暖かな光の波が包み込む。
仲間を守りたいと願う彼女の思いが、
ペルソナの急激な成長を促したのだ。

FIRSTは驚愕した。
自分の持つ情報とは違う、余りにも違い過ぎる。
予想だにしなかった事実が目の前で展開している。
しかし 明らかに自分側が劣勢であるにも関わらず、
FIRSTは不敵な笑みを浮かべていた。
挑発するような笑み。
その意味を、今はまだ誰も気付いていなかった。
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