THE HIEROPHANT

3

「何が可笑しい?」

隆志の両眼は冷めた視線をFIRSTに向けたままだ。
FIRSTの笑みは変わらない。

「もう一度聞く。
 前等の組織名と、目的は何だ?」

今度は薫が指弾を放つ構えを維持したまま、再度問い詰める。
だが、FIRSTが返答しない事は想像が付いていた。
隆志もペルソナを降魔する姿勢を崩していない。

「本当に知りたいのはその様な事じゃないだろう?
 THIRTEENTHの正体が聞きたいんじゃないのか?」
「…止めろ」

生の表情が次第に強張る。
冷や汗を浮かべ、物凄い形相でFIRSTを睨み付ける。

「面白い事を教えてやるよ。そいつは人間じゃない」
「…どういう意味だ?」

秋菜の魔法で全快した保が問う。
余りにも唐突過ぎて、何の事か理解出来ない。
苦悶の表情の生を横目に、保は努めて冷静に振舞った。
しかし、彼等の動揺を楽しむかのようにFIRSTは言葉を続けた。

「揃いも揃って目出度い奴等だな。
 それとも『素知らぬフリ』を演じているだけか?
 『ペルソナの共鳴』と言っても大した事は無いんだな…」
「…黙りたまえ」

隆志の口調が更に険しくなった。
傍らの生を横目で見つつ、FIRSTとの間合いを狭めていく。
距離には気付いていないらしく、
勝ち誇ったようにFIRSTは言葉を吐き付けた。

「ならば教えてやろう、愚民共!
 THIRTEENTHが両性具有の、
 不完全な人工生命体だと云う事を!!」

「止めろーーっ!!」

叫び声と共に、制御の効かない感情が爆発する。
不安定な気持ちがバサラを暴走させた。
紅蓮の炎に包まれた生の両眼から血涙が流れる。

同時に、保と秋菜も自分を見失っていた。
仲間である生の正体を
まさかこんな形で知る事になるとは…。

そんな二人を隆志が一喝する。

「しっかりしたまえ!
 君達がそんな状態でどうする?
 敵の術中に填るんじゃないっ!!」

薫は何とかバサラを押さえ込んでいた。
しかし暴走したペルソナを完全に封じる事など出来ない。
ましてやバサラの戦闘能力は
オデュッセウスのそれよりも遥かに高い。
無理矢理ならば可能だろうが、
彼は無理強いをしたくなかった。
生の心の痛みを、彼だけが正確に理解していた。

「目を覚ませ、この阿呆!
 理性くらい持ってるんだろうがっ!!」

炎の渦に自ら飛び込み平手で生の頬を打つ。

「さ…が?」
「そうだ。公園を火の海にする気か?
 バサラ引っ込めろ」

口調がとても優しかった。
生の心の傷に彼の思いやりが染み込んでいく。
バサラが戻ると同時に
周囲の炎も勢いを弱め、漸く鎮火した。

* * * * * *

「巫山戯た流言、吐いてくれたじゃねぇか…」

静かな怒りが薫と隆志を動かしていた。
彼等の感情の波にペルソナが反応し、喚び出される。

「君は彼を人間じゃないと言った。
 しかし、僕達から見れば
 君の方が余程その言葉通りだと思うよ」

FIRSTに最早余裕などはなかった。
恐らく生まれて初めて感じたであろう恐怖心が
彼自身の動きを止めていた。

「此方から宣戦布告を出すとしよう」

隆志の右手がゆっくりと動く。
イルルヤンカシュが雄叫びで答える。

「九十九針!」
「マハ・マグナ!」

保と秋菜は黙って
彼等の戦いを見ているしか出来なかった。

二人は「生を守る」という思いから協力していた。
まるで組織の呪縛から彼を解き放とうとしているかの様に。
だが自分は、自分達は…。

「隆志さん、嵯峨…」
「お前一人きりだと思うなよ、生。
 一人で何もかも背負うんじゃねぇ」

─ 俺には…言えない台詞だ。

それでもまだ生に対する疑いの念が消し去れない。
保はそんな自分を恥じていた。

* * * * * *

FIRSTとの戦いは彼等に予想以上のダメージを与えた。
生の存在が保と秋菜にはそれ程衝撃的だったからだ。
裏切られた訳でもないのに、
彼に対して余所余所しい態度になる。
そしてそんな自分に苛立つ事の繰り返し。

「…俺、やっぱり一緒に居ない方が
 良かったんじゃないのか?」

寂しそうな笑顔を浮かべ、生はポツリと薫に呟いた。
初めて見せた本音の弱さだった。

「…下らねぇ事言うな」
「でも…」
「お前の事はうららから聞いてた」
「えっ?」
「アイツは共鳴で気付いたらしい。
 …こうなる事も、予想してた」

煙草を口で玩びながら彼は続けた。

「俺もな、お前と同じ様なもんだ」
「…どういう意味だ?」
「…死人なんだよ。尤も、戸籍上の話だが」
「生きているのに…?」
「あぁ…。だから本当はアイツと
 婚姻関係に有る訳じゃない。
 アイツは結婚願望が強かったんだが、
 俺ではその願いを叶える事が出来ない」
「…そうなんだ」
「身寄りもない、存在している事も証明出来ない。
 でもな…」

時々見せる優しい微笑を浮かべ、彼は言った。

「こんな俺でも出来る事がある。
 …うららを、愛する事だ」
「愛する…事」
「惚れてるんだろ、秋菜に?」
「…でも、俺は…」
「性別なんて関係ねぇよ。
 生まれがどうであれ、お前は生きてるんだ。
 …人間としてな」
「嵯峨…」
「自信持て。誰が何と言おうとお前は人間だ。
 ウダウダ迷ってたら守れる者も守れねぇぞ」

生の右肩を軽く叩き、薫はその場を立ち去った。
膝を抱え、生は激しく嗚咽した。
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