THE HIEROPHANT

4

その頃 隆志は保達の所に居た。
特に何を話す訳でもなく、
彼等に缶ジュースを手渡しただけだった。
しかし彼の無言はそれだけで一つの意見である。
少なくとも秋菜はその事を理解していた。

「…生、どうしてますか?」

耐え切れずに秋菜が口にした。
隆志は表情一つ変えない。

「…怒ってるでしょうね、私達の事」
「本当にそう思ってるのかい?」
「えっ?」
「あの子は始めから怒ってなどいないよ。
 ただ…悲しんでるだけだ」
「悲しい…」
「白河先生は…生の事、御存知だったんですね」

保は彼を真っ直ぐに見つめて言った。
隆志の表情がほんの少しだが緩む。

「あぁ…」
「私、生とあの子を重ねてたのかも知れない…」

秋菜はふと意味深な言葉を漏らした。
保が首を傾げながら問う。

「あの子?」
「子供の頃に逢った男の子。
 確か…『かなちゃん』って名前の」
「かなちゃん?」
「たった一度逢っただけなの。
 でもずっと捜してた。…私の初恋の人」
「似ていたのか、生と?」
「雰囲気が、ね。でも…」

二人の話を隆志は黙って聞いていた。
唇から漏れた溜息は、
二人の耳には届いていなかっただろうが。

* * * * * *

「でよぉ、突撃レポーターだぜぇ?
 売れっ子タレントに
 そんなヤバい仕事 渡すかね、普通?」

携帯に文句をタラタラ流しつつ、
自分に向けられた熱い視線には
御丁寧に応じる青年の姿があった。

上杉 秀彦(ブラウン)。

マルチタレントの地位を確立したといえ、
悪魔の徘徊する友津市に単身取材。
ペルソナが無かったら即刻拒否したい仕事を、
何故か楽しそうに行っている。

「茶の間をホットにするのが
 俺様の仕事だっつーのによぉ…」
『茶の間にブフダイン、の間違いだろ?』
「非道ぇな、玲司!」

電話先は、こちらも只今営業中のはずの城戸 玲司。
要はこの二人、仕事もせずに電話をしているのだ。

『悪ぃ、悪ぃ。…で、見えるのか 悪魔?』
「いや、まだだ。俺等には見える、って範囲だな。
 パンピーの皆様には見えてないみたいだぜ」

一呼吸置いて、ブラウンは言った。

「…今の所はな」

『時間の問題か』
「だからだろ? 南条からラヴコールが来たのは」
『南条が聞いたら殺しに来るぞ、今の言葉』
「マジ? んじゃ、消去消去!」

一瞬上空を何かが横切った。
目を細め、ブラウンは凝視する。

「一旦切るぜ、玲司。どうやら戦闘開始だ」

携帯を切ると同時に、
彼自身から巨大な羽を持つ戦士が実体化した。

「タレントは顔が命なのよ。
 相手してやっても良いけど、顔だけは狙いなさんな!」

口調は戯けているが、彼の瞳は真剣だった。

* * * * * *

「兎に角、今の装備じゃこの先不安だな」

薫の一声で、次の行き先が決まった。
彼の案内で武器防具屋に直行する。

「似合いの武器が有れば良いがな」
「武器って言っても、私…」

秋菜は不安を隠せない。
戦闘など縁遠い世界についさっきまで居たのだ。

「何か特技はないのか?」
「特技…?」

保の問いかけに首を傾げる。

「フリスビー…かな?」
「上等だ」

そう言い残し、薫は店の奥に姿を消した。
暫く経って戻って来た彼の右手には
銀色の円盤のような物が握られていた。

「【ソーサー】。
 フリスビーを武器用に強化した物だと」
「…私に?」
「同じ投具でも俺には扱えない。
 …これは、お前の武器だよ」

その一言が嬉しかった。

彼は、非力な自分を仲間だと認めてくれている。

「ペルソナだけに頼っては戦い切れない。
 …解るな?」

秋菜は黙って頷いた。

「これが、私の武器…」

正直言って、戦うのはまだ怖い。
だが、目の前で仲間達が苦しみ、
傷付くのをただ見ているだけの自分は大嫌いだ。
FIRSTとの一戦で、自分は生を傷つけてしまった。
その事実から逃げたくはない。

本当は秋菜自身、 まだ気付いていなかった。
彼に惹かれていると云う事に。

「頑張ってみる…」
「…そうか」

薫の目が少し和らいだ。

「力んで無理しなくても良いぜ。
 お前は1人じゃねぇ。
 それだけ忘れてなければ十分だ」

一人の寂しさを知るからこそ、
仲間の存在を理解して欲しい。

そんな彼の気持ちに秋菜は気付いただろうか。
優しく髪を撫でる仕草は、
うららに対するそれと自ずと似ていた。

「保はこれなんか良いんじゃねぇか?」

薫は両刃の片手剣を肩に担いでいる。

「俺には結構な重さだが、
 お前は力が強そうだからな。
 これ位で充分かも知れねぇよ」

実際手に取って見ると良く馴染んだ。
彼の言う『重さ』は全く感じない。
武器の目利きは流石と感嘆する。

「じゃあ俺はこっちにする」

生はレイピアの様な細身の剣を
二振り、出して来た。
そう云えば先程迄の戦いにおいて、
二本の鉄パイプを両手に持ち、器用に操っていた。

「お前、二刀流か…」
「一打一打に破壊力が無いもんでね」

笑顔で返事を返す生。その表情に影は感じられない。
気の所為か、多少可愛らしく見える。

「どうした、保?」

声をかけられ、ドキっとする。

「そんなに気にする事ねぇよ。
 まぁ確かに、男でも女でも或るってのは
 ややこしい話だろうけど…」
「…でも、どっちもお前なんだよな」

思わず洩らした言葉に、
生は穏やかな微笑を浮かべて頷いていた。
そして、保も彼の微笑に自然と答えていた。
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