THE LOVERS

1

キスメット出版の編集室。今の舞耶の戦場だ。
久々に訪ねてくれたうららに家事を甘え、
彼女は締め切り地獄と
バトルを始めようとしていた。
そんな彼女の肩を誰かが軽く叩く。

「ま~やさん!」
「ユッキーっ!!」

其処に居たのは黛 ゆきの(ユッキー)だった。
藤井カメラマンの助手として、
確かアフリカへ取材に行ったはずだが…。

「どうしたの、ユッキー? 帰って来るなら一言…」
「…うん、その事なんだけどさ。
 私だけ帰らせて貰ったんだ」
「どうして?
 だってあんなに取材楽しみにしてたのに…。
 あ、もしかして喧嘩したとか?」
「まさか?」

ゆきのはクスっと吹き出した。

「違うよ。仕事は順調。師妹の仲も順調」
「じゃあどうして…?」

彼女の表情がはっきりと変化した。
ペルソナ使いとしての険しい顔だ。
「南条から連絡が入ったんだ。
 …また、始まるらしいって」
「…そうだったの」

舞耶は彼女の手を取って悲しげに微笑んだ。

「やっぱり、また始まっちゃうのね」
「舞耶さん…」
「どうして繰り返すんだろう?
 何も残らないのに、
 傷つく人が増えていくだけなのに…」

舞耶の気持ちは痛い程理解出来た。

今度の戦いに【二度目】は無い。
完全に失ってしまうかもしれない。
愛する人も、自分自身の生命も…。

「でもね、舞耶さん…」

ゆきのは静かに語った。

「だからこそ俊介さんは
 私を行かせてくれたんだと思う。
 私を、信じてくれたから…」
「…そうだね。きっと、そうなんだね」

じっと目を閉じて、思い出してみる。

尊敬する父が残してくれた言葉。
生きる原動力。

「Let's Positive Thinking…」

顔を上げた舞耶の瞳に、
いつもの輝きが戻っていた。

* * * * * *

どんよりとした空を見上げる。
不安は相変わらず消えないが、
同時に心の何所かで
何かに期待している自分に気付く。
ベースの弦を張り替えながら、
口笛の音色は軽快だった。

「ミッシェル、調子良さそうだね?」

片目を前髪で隠した美青年が声をかける。

【ガスチェンバー】のキーボーディスト、黒須 淳だ。
教職員の夢はあったが、それ以上に叶えたい物が出来た。
達哉とは別の、仲間の為に叶える夢。
記憶を完全に取り戻した彼がそう決断したのは、
己の罪の意識が成せる業か。

「ワクワクしてるって感じはあるよ。
 …あまり歓迎しない気分だがな」

ミッシェルと呼ばれた青年は、複雑な笑みを浮かべた。

本名は三科 栄吉。

バンド【ガスチェンバー】のリーダー件ヴォーカリスト。
死神のアルカナを司るペルソナ戦士だ。

「繰り返されるのかな、再び。あの、苦しみが…」
淳は顔を伏せた。

何故全てを思い出したのか、その理由が彼には解る。
彼等の苦しみを望む者が存在するからだ。

「淳…。お前、確か先生になりたかったんだよな?」
「どうしたの、突然…?」

栄吉は寂しげに微笑んで、言った。

「どうしてメンバーになってくれたんだ?
 …懺悔か?」

困ったように首を傾げ、彼は答えた。

「解らない。
 でも…そんな綺麗な理由じゃないよ、きっと」

今度は栄吉が首を傾げる。

「懺悔は綺麗なのか?」
「悔い改めて生まれ変われるなら、
 綺麗なんじゃないかな?」

詩を朗読するかのように彼はそう呟いた。
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