THE CHARIOT

1

「アレの調子はどうだい?」

【棺】の前に佇む青年に男は声を掛けた。

「…目立った変化は、見られませんが」
「…そうか」
「…貴方は、判っているんですね」

青年は男の方に向きを変え、険しい表情で言った。

「判っていて、何故 行うんですか?」
「君と同じだよ」
「…僕は…」
「判っていてもどうしようもないのが現実だ。
 狂った歯車を止めたくても、一人では止める力が無い。
 出来るのは只、現状を見続ける事のみ。
 それを責める事など、誰にも出来はしない」
「でも…僕は、僕は……」
「それでも責めてもらいたいという
 君の心は、哀れなほどに美しいな。
 …君の待つ者達はどうだろうか」

男が青年を優しく抱き寄せる。
暗闇の中、青年の嗚咽だけが響いた。

* * * * * *

雲行きがますます怪しくなったきた。
夕立でもあるのだろうか?
港南区を巡回しながら、
周防 達哉はどんよりとした空を見上げていた。

「あの時見上げた空も、確かこんな感じだったな…」

【あの時】とは、
ニャルラトホテプの宣戦布告を受けた時の事だ。
滅びを待つだけの世界から、
唯一人の女性を守る為にやって来たもう一人の自分。
全てを終え、意識は自分の世界へと戻った。
そこで全てが解決した筈だった。

しかし。

「俺は再び思い出してしまった。
 …俺だけじゃない。
 舞耶姉も、栄吉も、リサも、そして…淳も」

リセットは無効化され、意識の存在する世界は消滅した。
この世界の生命の代わりに。

「奴は諦めていない。きっとこの世界を狙ってくる。
 今度も、…今度は、守れるのか…?」

不安が胸を締め付ける。
もう二度と、誰も戦わせたくはないと云うのに…。

「どうした、こんな所で…?」
「周防警部補…」

声を掛けてきたのは実の兄であり、
上司でもある克哉だった。

「止せ。今は兄弟二人だけなんだから」
「…兄さん」
「そんな顔して思い詰めるな。
 …一人で苦しまなくても良いんだぞ?」

克哉は弟が記憶を取り戻した事を
最初に気付いた人物である。
事或るごとに彼を心配しては、様子を見に来る。
尤も、克哉のブラザーコンプレックスは
職場で公認された事なのだが…。

「嵯峨にも協力して貰っているが、
 少し気になる動きになってきた様だ」
「友津市の件か?」
「いずれ、スマル市にも影響が及ぶだろう。
 これが奴の、
 ニャルラトホテプの仕業かまでは判らないが」

達哉は下唇を噛んだ。

「今は嵯峨に任せるしかあるまい。
 友津市を自由に動けるのは奴しか居ないからな。
 残念だが、僕達は土地観がない…」
「でも単独行動じゃ危険だろ?」
「それがな、どうもペルソナ使いと共に
 行動しているらしい」
「ペルソナ使い?
 南条さんやゆきのさん達が?」
「…彼等じゃない」
「えっ!?」
「新たなペルソナ使いだ。奴が言うには…」
「どうして、新たに…?」
「全くだ。…理解に苦しむよ」

克哉は溜息を吐きながら、
胸ポケットから煙草の箱を取り出した。

「…お前も吸うか?」
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