THE CHARIOT

3

「其方の方達は珍しいペルソナを
 降魔されている様ですな」

再会の挨拶を交わし終え、
イゴールは本来の役目に戻った。
保達の傍に近付き、興味深げに観察する。

「【STRENGTH】のナーガラージャ、
 【TEMPERANCE】のセイレーン。
 それに【HERMIT】ヤヌス…」
「ヤヌス? バサラじゃないのか?」
「恐らくはシャドウ時の名称で御座いましょう。
 生憎、ペルソナに【バサラ】を名乗る存在は
 御座いませんので」
「そうなのか…」

流石に最初は驚いたのだろうが、
説明を受けて生は納得した様だった。

「どうだ、イゴール?」
「フィレモン様配下のペルソナではありませんな」
「…そうか」

薫は少し肩を落とした。
当然の結果だろう。解ってはいたが…。

「【WORLD】のイルルヤンカシュ。
 …同じペルソナを知っていますが、
 どうやらこの方の降魔されているのは
 それと別物の様です」
「なら新たなペルソナを降魔する事は無理か…」
「いえ、可能です」

イゴールの意外な返事に一瞬我が耳を疑う。

「可能…だと?」
「はい。切っ掛けが何であれ、
 ペルソナを所有する資格を持つ者にならば、
 新たなペルソナを降魔する事自体は可能です。
 但し…」
「…但し?」
「フィレモン様の御意志に叛く事にはなるでしょうが」
「…」

「嵯峨様。私はこの方達のペルソナに関心があります。
 可能性の芽を摘み取るような行為は好みません。
 …何が言いたいのか、理解して頂けますかな?」
「イゴール…」
「私だけではありません。
 ナナシもベラドンナも、そして此処に居る悪魔絵師も、
 貴方様方に協力いたします」
「…済まねぇ」

「貴方はこの方々を【仲間】だと認めておられる。
 貴方だけではなく、うらら様も、また 天野様達も。
 私も信じるだけです。…貴方様方を」

 イゴールは微かに笑った、様だった。

「もう一点、嵯峨様と異なる事が御座いますな」
「異なる…点? 何だ?」
「この方達の特異な性質故、と申し上げるべきか。
 【FOOL】のペルソナを降魔出来ないと云う事です」

予想外の回答だった。

─ 確か【FOOL】だけは誰にでも
 最高の相性で降魔可能だった筈。
 そう、俺達は。
 『フィレモンを経由してペルソナを得た』俺達は。

「…まぁ、逆説的な物言いですが。
 【FOOL】以外は降魔可能なんですね? 
 基本的には」

はっきりとした口調で隆志が問う。
イゴールはゆっくりと頷いた。

「なら、取り立てて問題は無いでしょう」

それすらも承知していたかのような口振り。
益々隆志という男が解らなくなる。
取り敢えず今はペルソナを降魔し直す事もない。
場所の案内に来ただけだから、と
イゴールに説明し、部屋を後にする。

「意識と無意識の狭間にたゆたう者の祝福あれ」

どこか哀しげなピアノの音色に乗せて、
祈る様にイゴールが言葉を紡いだ。

* * * * * *

『特殊なペルソナ』と云う単語が耳から離れない。
保は一人、過去を思い巡らせていた。

何故自分はこの能力を身に付けたのか。

静かに目を閉じると、
目の前にはいつもあの風景が広がっている。
祖父の死後、自閉気味になった彼に
手を差し伸べた女性、子供達。
名前も顔も覚えていないが、
その記憶だけは鮮明に思い出せる。

─ 確かに俺達は【アラヤ公園】で出会った。
 日暮れまで夢中で遊んだ…。

ただ、それだけの記憶が
何故、是程迄に思い起こされるのか。

─ 全ての謎を解く鍵が、きっとこの中に有る。
 それを見つけなければ…。

焦り、だった。

非現実な世界に追い遣られ、
それでも何とかしなければ 助からない。
彼は決して諦めの良い人間ではない。
「生きる事」に諦めの良い人間など、
生きている意味がない。
彼はそれを十分承知している。

─ 例えこのペルソナが異質でも、
 俺達に選択の余地は無かった。
 今は…、前進するしかない。

利き手である左の拳を、保は力強く握り締める。
そんな彼の様子を、隆志は優しく見つめていた。

* * * * * *

「くっくっく…」

真っ白な部屋の中、
一人の老人がさも楽しそうに笑っている。
初老の男。
椅子に深く腰掛け、机の上の画面を見入っていた。
其処にはうららの姿が あった。
そして、画面が切り替わる。映し出されたのは保達。

「精々足掻くが良い。所詮お前達はモルモットに過ぎない。
 生贄は生贄らしく、最期を黙って迎えるが良い」
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