THE STRENGTH

5

中央区からゆっくりと南下していく。
賽の目状に区画された友津市は、周りが単調なだけに
時折迷路のような感じを受ける事もある。
血の通わないコンクリートジャングル。
それが…知られざる【都市】の本質かも知れない。

「こんな街だったかなぁ…?」

誰に問い掛けるでもなく、保は一人呟いた。
ある道路に差し掛かった時、見覚えのある街路樹を見つけ
思わず立ち止まって眺めた。

「此処だ…」

首に掛かった五星のペンダント。
静かに握り締め、思わず目を閉じた。

「あの人と最後にあった場所、此処だったんだ…」

最初にあった時、彼女は自分に手を差し伸べてくれた。
その後、何度か会う事はあった。
そして…このペンダントをプレゼントされて…
それ以来会っていない。

「不思議だな…。覚えてるモンなんだ…」

感慨深げに街路樹を見上げる。
あの頃はこの木をとても高く、大きく感じたというのに。

「そう言えば…」

先に進む一同の後ろ姿を見つめ、彼はふと気付いた。

「似てるなぁ。あの人と…」

記憶に残る女性のイメージが
自然と秋菜やうららと重なるのだ。
ペンダントはあの頃と同じ光を放っている。

「また…会えるかな?
 会ってみたいなぁ…」

成長した自分を是非見て欲しい。
街路樹をポンッと叩き、
彼は仲間の後を追って駆け出した。

* * * * * *

中央区と南区との境界には川が流れている。
それ程大きくはない川だが、
流石に橋を渡らないと向こう側には行けない。
意外にも、此処迄
まともに人間と擦れ違う事がなかった。
街の人々は本当に何処へ行ってしまったのか。

「ゴーストタウンだな、こりゃ」

秋菜の抗議の眼差しを完全に無視し、
薫は銜え煙草のまま街を見回す。

「?」

橋を渡りきった直後、生が何かに気付いた。

「どうしたの?」
「声、聞こえないか?」
「声…?」

保達も習って耳を澄ませてみる。
確かに、子供の泣く声が聞こえてきた。

「あっち!!」

言うが早いか、秋菜が真っ先に駆け出す。

「相変わらずの鉄砲玉め!」

苦言を吐きながらも薫が、
そして他の3人も慌てて駆け出した。

* * * * * *

秋菜の目に飛び込んできたのは男の子と女の子。
そしてそれを眺める雪だるまと南瓜。

「ヒーホー。
 オイラ達、友達になりたいだけなのに~」

困惑した様子の雪だるま。
南瓜は何も言わず空中をフヨフヨと漂っているだけ。
子供達はと言うと…ただただ泣くばかり。

「こら! 苛めちゃ駄目でしょ!!」

勢い勇んで秋菜が抗議に走る。

「…止めた方が良いぞ、アレ」

頭を抑え、薫が顎で指図する。
関わるのも馬鹿馬鹿しいらしい。

「雪だるまは『ジャックフロスト』。
 南瓜は『ジャックランタン』と言ってな。
 人間に対しては割と友好的な種族だ」
「そうなんだ…」

唖然とした表情で秋菜の剣幕を見守る保。
先程から『大事には至らない』と判断した為か、
生と隆志は傍観者を決め込んでいる様子だ。

「だからお姉さん、誤解だホー。
 オイラ達、何も悪い子としてないホー!」
「じゃあ何でこの子達が泣いているの?」
「それは~」

「…マイゴ」

ボソリ。
南瓜…いや、ジャックランタンが声を発した。

「迷子?」

今度は子供達の方を向き直り、優しく問い掛ける。
目線を彼等の高さに合わせる為にしゃがみ込みながら。

「お母さんとはぐれちゃったの?」
「うん…」

答えたのは男の子の方だった。

「君達、兄妹?」
「うん」
「うん…」

兄に習ってか、今度は妹が同じように答える。

「そっか…」

秋菜は漸く状況を理解したのか、
悪魔達の方を向き直り素直に謝罪した。

「…御免なさい」
「オイラ達、悪くないホー。
 でも、それが判ればもう良いホー」

ニコニコと笑みを絶やさないジャックフロストに
秋菜は救われる気がした。

「でも…どうしてはぐれちゃったの?」

事情を知っているかも知れない
ジャックランタンに対し問い掛けてみる。

「人ナラザル者ガ来タ」
「人ならざる…者?」

その言葉に生の表情が強張る。
反射的に彼等は【組織】の気配を感じ取った。

「戦場、生キ別レ。同ジ事ノ繰リ返シ」

逃げる時に繋いだ手が離れてしまったのか。
取り残された幼い兄妹を不憫に思い、
ジャックランタンは相棒と共に
此処に残っていたのだ。

「まだ近くに居るかも知れないな…」

保の言葉に対し、生が力強く頷く。

「え~っと、ジャックランタンと
 ジャックフロスト…だったな。
 この子達を安全な場所に
 避難させてあげてくれないかな?」
「安全ナ場所トハ?」
「アラヤ公園が無難だと思います」

返答したのは隆志だった。
その判断に寸分の迷いも感じられない。

「頼めますか?」
「解ッタ」

ランタンはクルリと一回転し、
右手を少年に差し出した。

「行コウ」
「そこに行けば…お母さんに会える?」
「……」

断言は誰にも出来ない。
この子達の親の存命は…明確では無いのだ。

「生きていれば…会えるよ。それを信じて」

思わず口から出た言葉に、保自身が一番驚いた。
【あの人】が残した言葉、その物だったからだ。

「うん…」

少年は小さな腕で涙を拭い、妹の手を握り締めた。

「行こう」
「うん」
「じゃあ出発だホー」

元気に音頭を取るジャックフロスト。

「道中、武運ヲ祈ル…」
「ありがとう…」

彼等の姿が小さくなる迄、見えなくなる迄。
保達はその後ろ姿を黙って見つめていた。
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