THE HERMIT

1

「はぁ…はぁ……」

10分経過しても、
生の荒い息は取れなかった。
呼吸をするのも辛く見える表情に
秋菜も胸が苦しくなる。

「大丈夫?」

そう声を掛けるのが関の山だ。

「…何とか」
「あまり無理するなよ。顔、真っ青だ…」

自分自身の身体のバランスすら
保てない生を担ぐように支え、
保も声を掛ける。

返事は無い。
返す余裕すら、今の彼には無いらしい。

「それだけ堪えるのか…?」

薫の問いに、首を横に振る。

「肉体的に、…じゃない。
 …精神的に…クるんだ……」
「精神?」
「破壊衝動の反動ですよ…」

応じたのは隆志だった。
薫の表情がまた一層険しくなる。

「そう…なのか?」

保が生に尋ねると、彼は微かに頷いた。

「破壊衝動…」

言葉だけでは実感が持てない。
今の姿からは想像も出来ない生の変貌。
【破壊衝動】だけで、
果たして其処まで変われるのだろうか?
そして…自分にもソレが有るとしたら、
やはり暴走してしまうのだろうか?

「もう…大丈夫だ……」

ゆっくりと生が身体を離す。

「本当に…?」
「あぁ…。
 要は自分の気持ちを落ち着けるのに…
 時間が掛かっただけだ」
「…そうか」

青白い顔のまま、生は笑みを浮かべている。

其処までして…何故……?

こうなる事は予測していたのだろう。
自分の命を削るような行為を
どうして躊躇いもなくやってのけたのか。
生が以前漏らした【兵器】と云う言葉が重くのし掛かる。

『自分達は戦う為だけに生み出された兵器である』

こんなにも悲しい事実を、言い切らなければならない存在。
それが…彼を含むプロトタイプ・メシアだと言うのだろうか。
そして、この事実を知りながら彼等は戦っているのだろうか。
仮に知らなかったとしても…
事実を知る存在(生)の苦しみは想像出来そうにない。
どのような過程で生み出されたにせよ、
彼等は【兄弟】で在る筈なのだから……。

「保?」

薫の呼び掛けに、ハッと我に返る。

「どうした?」
「…考え事、してた」
「そうか……」

追求は無かった。
言わなくても判ると云う事か。

─ 俺なら…どうするかな?

仲間の為に、己の全てを捧げられるのか。
保自身、答えは見い出せていない。
果たして【答え】に辿り着ける日が来るのだろうか。
辿り着けたとして…自分がその時どんな選択を下すのか。
それは…きっと誰にも判らないだろう。

「はぁ…」

思わず溜息が唇から洩れた。

もっと『簡単に』考えていた。
何時からだろう。
【戦う】と云う事を……。

* * * * * *

若者達から少し離れた場所。
路肩に設置された花壇の跡地に
腰掛ける隆志の前に影が立つ。
薫だ。

「そろそろ…白状して貰おうか?」
「…そう、ですね」

返答と気持ちが全く違う感じを受けるのは、
恐らくペルソナの共鳴を通じてだろう。
【チャージ】と云う手段を用いた為か、
いつもの隆志には見られない【心の揺らぎ】を感じる。

「お前、ペルソナ様って遊びを知ってるか?」
「ペルソナ様?」
「あぁ。俺の知るペルソナ使いは全員、
 【ペルソナ様】ってのを通じて
 フィレモンと対面している」
「貴方も…ですか?」

意外、という表情の隆志。
それの意味する事を察してか、
今度は薫が顔を顰めた。

「今じゃねぇぞ。俺が経験したのはガキの頃だ」
「ペルソナ様…」

腕組みをし、考えてみる。

「経験無いですね…」
「…そうか」

嘘で無い事は理解出来た。
彼等が『特殊な』ペルソナ使いだという事を
再認識しただけだ。

「現時点で答えられる事は…お答えします。但し…」
「但し…何だ?」
「……」

隆志の視線が移る。
その先には…やはり彼等が居た。

保、秋菜…生。

「あの子達には…絶対に伝えないで下さい」
「理由は?」
「簡単な事です。
 前途有る者の知る事じゃない、それだけですよ」
「成程な…」

発言に隠された気持ちの方が理解出来た。

知られたくはないのだ。
自分と彼等を繋ぐ過去を。

それは…嘗ての薫、パオフゥにも通じる事。
結果的に知られはしたが…
やはり今でも心が痛む。

『無理矢理知らされた者が浮かべる苦悶の表情』

それが、刃物より鋭く胸を剔る。

「判った」
「感謝します」

短く、隆志が礼を述べた。
彼が薫に礼を返したのは…初めての事である。
勿論、口先だけじゃないと云う意味で。
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