THE HERMIT

3

「貴方の推察通りですよ」

隆志は真っ直ぐに薫を見つめて言った。
言い切った、と言っても良い。

「確かに僕はあの子達の事を知っています。
 或る意図があってね」
「意図? じゃあお前…」
「勘違いしないで下さい」

薫の言おうとする言葉を察し、口調が荒れる。

「僕は組織のスパイなんかじゃありませんよ」
「じゃあ、何だよ?」
「立場的に言えば生と同じく
 『組織に対し、恨みを持つ』者です」
「…本当か?」
「今更、下らない冗談を言う気はありません」

正直、薫は面食らっていた。
隆志の事を『感情の無い人間』だと評価していたが、
蓋を開ければこれ程迄に『感情的な』男だったのだ。

「生達、【プロトタイプ】の事も…
 事前に調べてました。
 あの大学に教師として赴任したのもその為です」
「成程…」

漸く一つの疑問が解消した。
少なくともこの事実を知れば…
秋菜が傷付くのは目に見えてる。
『ウラが有って潜入した』等と彼女には言えない。

「【恨み】とは穏やかじゃない言葉だな。
 その辺は聞かせて貰えるのかい?」

半ば『無理かもな』と思いながらも言葉を発していた。
決して好奇心だけではないのだが…。

「僕は彼等【光を導く者】に家族を奪われてます」
「【光を導く者】…? それが奴等の組織名か」
「えぇ。彼等から言わせれば【記号】の類ですがね」
「…家族、か」

自身の辛い過去が脳裏を過ぎる。
大切な者を奪われた悲しみと怒りは
【憎しみ】に変わりやすい。
そう…かつての自分も【憎しみ】を糧に生きてきた。
だからこそ、彼の【気持ち】が解らない訳じゃない。
いや、『解り』過ぎるからこそ辛いのだ。

「【白河】は母の旧姓なんですよ。
 本名じゃあまりにも丸判りなんでね…」
「じゃあ…」
「僕の本名は【瀬納(せのう) 隆志】。
 聞き覚えないですか、マンサーチャーさん?」
「瀬納…」

ふと、一つの事件を思い出した。
検事時代、一人の女性が雲隠れし
迷宮入りになった事件があった。
その時の被害者(ガイシャ)の名字は確か…。

「お前が…弟か……」
「良かった。
 忘れられてはいなかったみたいですね」

隆志は安堵の表情を浮かべた。

「忘れられるモンか。しかし…」
「貴方のフルネームを聞いた時に
 思い出したんですよ。
 管轄でもないのに捜査に
 首を突っ込んだお人好しな検事さんの話を」
「…悪かったな」
「いえ…感謝してるんです」

隆志は静かに目を閉じる。

「姉は…医療関係者として、組織に属していました。
 行方不明と言われてますが…
 恐らくもうこの世には居ないでしょう……」
「何故…そう言い切れる?」
「彼女は…姿をくらます前、僕に言付けてるんです」

目を閉じたまま、言葉を続ける。

「あの子達を守って欲しい。自分の代わりに…と」
「自分の死を予言してたとでも言うのか?
 まさか…」
「そのまさかです」

ゆっくりと彼は目を開いた。

「僕は彼女からペルソナを譲り受けたんです」
「なっ…?!」

想像外だった。
突然の告白に、
流石の薫もどう返答して良いのか判らない。

「僕だけじゃありません。
 恐らくあの子達も…何らかの形で」
「成程…。だからか……」

フィレモン経由ではない理由。
彼の口から、漸くはっきり判った。

「…済まなかったな」

彼にしてみればこの上なく
辛い告白であったに違いない。

「いえ…」

淡々とした返事だった。

「姉の敵討ち、か…」

煙草を銜え、静かに薫が告げた。

「どうでしょうかね…」
「?」
「僕は…そんなに出来た人間じゃないですよ」
「……」

心無しか、彼が何かに対して怒っている様に見えた。
組織では無い何かに。
だからこそ これ以上、薫は何も言えなかった。

* * * * * *

「此方へ」

案内された部屋は光の差し込まない無機質な空間だった。
壁の白さが異様に目立つ。

「胎教に悪い部屋ね」
「…全く」

うららの嫌みに対し、男は笑って答えた。
擦れ違う人間も皆、自分達に関心すら示さない。
薄気味悪い場所だ、と つくづく嫌気がさした。

「お帰りなさい」

唯一声を掛けてきたのが、
珍しい髪をした青年だった。
顔の作りが生とよく似ている。
そしてやけに目立つ額のバンダナ。

「この方が…?」
「そうだ」

事前に自分が来るのを知っていたらしい。
単語のみに近い会話を聞きながら、
うららはこの誘拐が
非常に計画的であると思い知らされた。

「私なんか攫ったって意味無いと思うけど?
 お金も無いし…」
「確かに、それ程
 繁盛している様でも無さそうでしたな」
「う…悪かったわね!」
「大声はおなかの子に悪い影響を及ぼしますよ」

男の笑みに裏は無い。

うららはそう思った。
少なくともこの男に関しては知っている事もある。
後は…勘だろうか。

「聖母は長旅でお疲れだ。お部屋に案内してくれ」
「その聖母ってのは止めて頂戴!」

いい加減気分を害したのか、
うららはキッと男を睨み付けた。

「私は嵯峨うらら! 歴とした唯の人間よ!」
「【人間】を其処まで主張される方も珍しい」

楽しそうに笑みを浮かべたままの男。
少し困惑した表情の青年。

「まぁ…そう仰るなら」

男は改めて青年に向き返る。
「私は報告に向かうとするか。
 これから【嵯峨夫人】の事は…
 君に一任するよ、篤志(アツシ)」
「はい…」
男はうららに一礼すると、
静かにその場を後にした。

「では…行きましょうか?」
「えぇ…」

男の後ろ姿を見送りながら、
うららはふと青年に声を掛けた。

「貴方…篤志って言うのね」
「えぇ…。そう呼ぶ人は居ませんけど」
「そう…」

寂しげな笑みが、やはり生とよく似ていた。

「そっくり…」

思わず口に出していた。

「僕に似た人を…御存知なんですね?」
「えぇ…」
「…生きて…いたんだ……」

感慨深い声だった。

「生君を、知っているの?」

うららは篤志に問い掛けた。
寂しげな笑みの理由を
知っておきたかったからこそ…。

「…此処でその話は拙いですので」

辺りを注意深く見回し、
声のトーンを落として警告する。

「お部屋に案内しますね」
「えぇ…」

彼の態度に何かを感じ取り、うららは素直に頷いた。
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