Dubhe・3

北斗の道場。其処に坐している四人の男達。
彼等は師父リュウケンの下で暗殺拳を学びし者達。
血は繋がらずとも、彼等は正しく兄弟であった。

「近い将来、この中で誰か一人を伝承者として決める事になる」

リュウケンは四人の顔を静かに見つめながら言った。

「つまり、残りの三人は…その拳を封じる事となる」
「封じるってのはあれか? 殺すって事かい?」

声を荒げたのは三男のジャギ。
この四人の中では
最も伝承者への技量が及ばないとされていた。

「殺しはしない。その拳を潰すだけじゃ」
「拳を潰すって…なぁ?」

ジャギは同意を求める様に視線を兄達に向けた。
だが、長兄も次兄も彼の声には答えようとしない。

「ジャギよ、許せ。これも北斗1800年の歴史。
 今迄も数多くの候補者の血を流し、
 この歴史が受け継がれてきたのじゃ」
「正に血の掟と云う訳か」
「ラオウの言う通りじゃ」

この四人の中では最も早く弟子入りを果たしていた
長兄のラオウはさも当然と云う様に呟く。
過酷な世界を承知の上で弟子入りし、
此処迄来たと云う自負が
彼の発言から滲み出ている。

「……」
「どうした? トキよ」

苦悶の表情を浮かべていたのは次兄のトキ。
彼は視線を兄弟達から師父へと移し、こう言った。

「暗殺拳としての北斗神拳を封じ込めるだけであれば、
 他にも方法は無いものでしょうか?」
「ほぅ…」
「私は生命が惜しくて述べている訳ではありません。
 北斗神拳が暗殺拳である事は百も承知。
 だからこそ…それ以外の可能性に賭けてみたいと
 考えております」
「それ以外の可能性とは?」
「北斗神拳は相手の経絡秘孔を強く突いて攻撃する。
 受けた秘孔の効果により、相手を死に至らしめます。
 ですが…経絡秘孔そのものは医学も重要視している。
 突き方次第で人を救う事も出来る」
「成程。暗殺拳の性質を人を活かす為に用いる…か」
「はい」

リュウケンは暫し沈黙を守っていたが
やがて大きな声で笑い始めた。

「これは愉快! まさかその様な考えを持つ者が現れるとは。
 北斗1800年の歴史上に於いても初めての事ではないか?」

リュウケンは笑みを浮かべたまま、
その手をそっとトキの肩に置く。

「掴み所の無い、空の様な男よのぅ…」

ラオウはそんな二人をじっと見つめていた。
ただ、無言で見つめるだけであった。

* * * * * *

「リュウケンは随分とうぬを気に入っておった。
 最初は『養子に迎え入れるのは一人だけ』等と
 大層な事をほざいておったがな」
「ラオウ…」
「あの男はうぬの捉え所の無い発想に魅かれていたのだろう。
 あらゆる可能性に目を向ける事の出来る心に」
「…だが、リュウケンはもう居ない」
「あぁ。血の掟ごと、この拳王が打ち倒してやったわ」
「憎んでいたのか? リュウケンを」
「憎む? そのような事、考えた事もない」
「そうか……」

二人の間に冷たい風が流れていく。
その冷たさに、一瞬だがトキの体が硬直した。

「今のうぬでは三月(みつき)も保てぬだろう」
「やはり…そう見えるか」
「うむ。だが、もしも我の知る方法を試そうならば
 もう少しの延命は期待出来よう」
「? ラオウ、貴方は一体何を…?」
「乗るかどうかは、うぬの心次第だ」

それがどう云う物なのかは全く言及する事無く、
ラオウは手綱を引き、黒王を誘導する。

「風が出てきた。館に戻るぞ」

きっと尋ねたところで明確な答えは返って来ない。
何よりもそんなラオウの性格は
トキが一番熟知していた。

もしももっと生きられるのであれば。
そんな欲望が無かった訳では無い。
寧ろ、期待が裏切られるのを恐れて
封じていた位だ。

だからこそ迷いは晴れなかった。
延命が叶ったとして、その先どうするのか。
どう生きていけば良いのか。
思いも因らぬ働き掛けに対して
冷静な判断が出来なくなっている証拠でもあった。

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SITE UP・2016.12.20 ©森本 樹



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