Dubhe・5

カサンドラへの投獄は
自身の口から述べたかった。
しかし予想通りと云うべきか、
トキは別段動揺する事も無く
他人事の様に淡々とした表情を
浮かべるだけであった。

「何時だ?」
「護送する日取りか? 明日だ」
「随分と急だな」
「あぁ」

トキは黙って空を見上げている。
その眼には又、
あの忌々しい星が映っているのだろう。
あの星から弟を奪い返す術。それは…。

「延命処置の件だが」

俺は敢えてこの話題に触れた。
それ迄無反応に近かったトキだが
この瞬間だけは微かにだが肩を震わせた。

「結論は出たか?」
「……その話、偽りでは無かろうな」
「無論。但し延命時間がどの程度かは判らぬ」
「……」
「どうする?」

どう云う手順で行うのかを教えれば
トキは躊躇うか、或いは拒絶するかも知れない。
人はこの道を【狂気の果て】とでも呼ぶだろう。
だが、俺は全てを敵に回しても天を掴むと誓った。
そして…事と次第によってはその天をも倒すと。

「…頼めるか」

小さな、聞き取れぬ程か細い声だった。

「どんな手段であっても、受け入れると?」
「…あぁ。態々貴方が掲示してきた事だ。
 それなりに深い意味が有るのだろう」
「…解った」

計画を実行する。
俺は敢えて運命に挑戦する。

「最初に言っておく。トキよ、これは治療だ。
 うぬも治療と思い、我の言葉を聞け」
「…解った、ラオウ」

トキは静かに頷いた。
月明かりに照らされた弟の顔はより青白く
一刻の猶予もならぬ事を俺に悟らせた。

* * * * * *

来ている物を下着まで全て外せと言われた時は
流石のトキも躊躇し、動揺を隠せなかった。
しかし「これは治療なのだ」と自分に言い聞かせ
ラオウの言葉に忠実に従った。

鍛え上げられた体はそう簡単に崩れる事は無いが
それでも多少筋肉は落ち、何より肌色が悪かった。
元々肌の色は白に近かったが、今程では無かった。

「体温も低い。血流の勢いも落ちているな」
「流石に判るか」
「あぁ。秘孔を介して熱と気を送らなければ」

ラオウはそっとトキの左胸に唇を当てる。
最初は何をされているのか理解出来ずにいたトキだが
その唇が離れた際に残った痕を見て、
漸く事態を呑み込めたらしい。

「ラ…ラオウ? 一体これは何のマ…っ?!」

抗議しようとしたら今度は自身の唇を塞がれた。
抵抗しようともがくが、正直相手にもならない。
それ程の力の差に愕然とし、トキは肩を落とした。
ラオウの腕の中で、然したる抵抗も抵抗にはならず。
それが何よりもショックであった。
ラオウの行為よりも、其方の方が辛かった。

「トキよ」

ラオウの声に反応し、そっと顔を上げる。
自分を見つめる瞳の穏やかさと悲しげな光。
惹き込まれる様に見つめていると
ラオウは更に言葉を紡いだ。

「俺は、敢えて狂気の道を進む。
 俺が目指す覇道の為に、そして…」
「……」
「守るべき者の為に、だ」
「守るべき、者……」

ラオウの言う【守るべき者】が何であるかは判らない。
唯一人、彼なりに愛したであろうユリアは既に故人。
守りたくても守れない、遠き所へ旅立った女性。

「俺を倒したくば、うぬも狂気を知らねばならぬ」
「?!」

一瞬、眩暈を覚えた。
鼓動が高鳴る。全身が喜んでいるのだろう。

「覚えてくれていたのか。
 幼き日に交した約束を…」
「無論」
「そうか…。そうなのか…」
「だがトキよ。今のうぬでは果たせぬ約束だ。
 我が腕の中でもがくばかりのうぬでは
 この拳王たる俺の覇道を止める事は出来ぬ」
「ラオウ……」
「止めたいと望むのであれば止めてみせよ。
 その為に力が、生命が必要と有れば与えてやろう。
 うぬが狂気を受け入れられるのであれば」

とんだ誘惑の言葉だ、とトキは思わず苦笑した。
悔しい迄に、この男は自分の兄なのだ。
恐ろしい迄に自分を知り尽くした男。
だからこそ、見せられるのかも知れない。
自分でさえも視線を反らす様な惨めな姿も。

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SITE UP・2016.12.22 ©森本 樹



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