Dubhe・6

熱い。体内が焼ける様に熱い。
熱の塊が体内を掻き混ぜる感触に
自分の口からは引っ切り無しに
呼吸とも声とも言えない音が漏れる。
手が、足が、てんでバラバラに動く。
自分の体なのに、何一つ思い通りにならない。
こんな事は初めてだ。
痛みには慣れた体の筈なのに
今のこの感触には耐えられそうにない。

溺れそうだ。それに恐怖している。

『怖い』という言葉を必死に飲み込む。
そして脳裏に過ぎるのはあの瞬間。
世界が…灰色に包まれた、あの…。

「ひっ!!」

奇妙な声が上がる。これは、自分の声なのか?

瞬時に私を包み込む大きな腕、そして広い胸板。
鼓動が伝わってくる。
此処は…あの場所じゃない。
シェルターの外じゃない。
あの瞬間ではない。

「ら…オウ……?」
「俺は此処に居る。安心しろ」

あの瞬間、死を覚悟した時。
最後に思い浮かべたのは貴方だった。
だが、それでも貴方の後姿に
私は空しく手を伸ばしただけで…。
届かなかった。それが全てだった。

「ラオ、ウ……」
「此処だ、トキ。俺を見ろ。俺は此処だ」

ボンヤリとした思考のまま、
声の方向に目を向ける。
其処には幻では無い、貴方の姿が在った。

「あぁ…其処に、居るのか…」
「そうだ。安心して俺を感じれば良い。
 この気が、うぬの力となる」

ラオウの声で安心した所為か、
私の身体が微妙な変化を示してきた。
熱いだけの感触が
何とも心地良くなっている。
微かな身体の揺れに安心する。
先程迄とは明らかに違う。

「あっ…、あぁ……」

声が上擦っている。
女性の声の様な高い響き。
自分でも信じられない位に大きな声。
恥ずかしくなって
思わずラオウの胸に顔を埋める。
そんな私を優しく抱き締める腕。

この温もりを、何処かで求めていた。
二度と手に入らないと、何処かで諦めていた。
求めてはならぬと、言い聞かせてきた。
そんな想いも、簡単に砕け散る。

「俺が…判るか? トキ……」

ラオウの声が耳に届く。
その声さえも甘く、温かく、優しい。
本当に…夢を見ているかの様だ。

「受け止めよ、トキ。
 この俺の全てを…っ!!」

直後に放たれた大量の熱に
私は絶叫し、直後 意識を失った。

* * * * * *

空が薄らと白んでいく。
夜が終わり、やがて朝が訪れる。

束の間の交わりであった。
だが、後悔は無い。
トキのこの穏やかな寝顔を見ているだけで
これで良かったのだと、納得している。

トキをカサンドラに送れば、
度々訪問する事も難しくなろう。
しかし…引き続き力を送る必要はある。
この治療は継続しなければならない。

死なせはしない。
どんな手段を用いても
今、トキを死なせる訳にはいかない。
奴にはまだ役割がある。
この俺の為にも、
トキは生きなければならぬ。

どれ程それが過酷であろうとも。

* * * * * *

手枷で拘束されたまま
兵士達の間を歩かされる。
その先に待つ鉄格子の乗ったトラック。

トキは黙って前だけを見つめ、
ゆっくりと鉄格子へと歩を進めた。
表情は変わらない。
悲壮感も怒りも、其処には無かった。
やがて静かに鉄格子の中へと。

「本当に、これで…」
「……」

リュウガは困惑した声でラオウに声を掛けるが
彼は何も答えようとはしなかった。
同じ様に無表情のまま、トキの背中を見送る。

「拳王様…」
「リュウガよ。トキを無事にカサンドラへ。
 これは、うぬにしか任せられぬ」
「は、必ずやカサンドラへ」

マントを翻し、ラオウはその場を後にした。
見送らない。
それは二人で交した、小さな約束。
ラオウは拳王として、トキを罪人として
カサンドラへと送る。
其処には兄弟の絆など不要。

トキの、兄ラオウに対する
せめてもの気持ちだったのだろう。

「何も言わずとも、解っておるわ」

ラオウは一言だけ、そう呟いた。

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SITE UP・2016.12.23 ©森本 樹



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