Merak・10

寄せては返す波の様に
近付いても直ぐに離れてしまう。
様々な出来事に翻弄され
いつしか心が遠くに
行ってしまった様に感じていた。
二人だけで生きていた頃は
もっと心が寄り添っていた筈なのに、と
寂しさを募らせていた。
又、そんな弱い自分に
嫌気すら感じてもいた。

複雑に交差するこの心ごと
貴方が抱き締めてくれているこの時間。

貴方は又、私を救ってくれたのだろうか?
それとも…
これは新たなる悲劇の幕開けに
過ぎないのだろうか?

貴方はきっと何も答えてくれないだろう。
孤高の存在。
何が貴方を其処迄突き動かすと言うのだ?

* * * * * *

ラオウはトキの身体を丁寧に拭いてやると
素早く自分自身の身支度を整える。
いつもならば直ぐに立ち去ってしまうのだが
今回だけは違った。
暫くトキの顔を無言で眺めていると思いきや
いきなり彼の額を飾る
サークレットを取り去ったのだ。

「? ラオウ…?」

ラオウは尚も無言だった。
しかしその表情は酷く重く、暗い。
視線はトキの額の中央に注がれていた。

「…どうしたのだ、ラオウ?」
「これさえ無ければ…」
「?」
「うぬの人生、少しは変わっていたであろうにな」

悲しみと憐みの滲む声。
ラオウはトキにサークレットを返した。
だがトキは装着する事無くラオウを見返す。

「間もなく新たな道が開かれる。
 その時にうぬがどう判断し、どう動くのか。
 それを見せてもらおう」

ラオウは感じ取っていた。
間も無く末弟ケンシロウがこの場に姿を現すだろう。
それは即ちトキがこの乱世に放たれると云う事。
トキの体を思えば
正直、もう少し時間が必要だったのだが
こればかりは仕方のない事。

「星を導く者。そして…星を砕く者」

トキは黙ってラオウを見つめ続けている。

「未来は誰にも判らぬ。誰にも…な」

* * * * * *

帰路。
黒王と共に風を感じる。
あの時、トキと共に感じた風は
もっと穏やかで肌に優しく吹いていた。

「あれ程の才覚を持ちながら…。
 否、持ち合わせていたからこそ…
 当て馬にされた男、か……」

ケンシロウが継承者に決定した後
ジャギはラオウにこう捲し立てた事が有った。

師父リュウケンは最初から
ケンシロウを継承者に指名する気だった。
だがいきなり指名したとなると
当然ケンシロウに対して風当たりが強くなる。
その為に風除けとして、盾として選ばれたのが
トキだったと言うのだ。
彼ならば事情を説明すればクッション役に徹し
すんなりとケンシロウに継承権を譲るだろう。
そう思われていたのだ、と。

ジャギの怒りは相当なものであった。
ケンシロウに対する憎しみや殺意の原因が
其処に在るのならば
ラオウも多少は理解を示せた。

「リュウケンはあの男と
 接した事も有ったと言うからな。
 所詮我等は捨て駒と云う事か」

全てはケンシロウの為だけに。
その為に犠牲と成るべく生まれて来た存在。
ラオウは憎々しげに空を、
天に輝く北斗七星を睨み付ける。

「忌々しき星々よ。天から我を哂っておるわ」

ジャギも又、犠牲者の一人。
星に因って狂わされた悲しき存在。
喪った事で彼の背負う宿業の重きを知り
救えなかった自身の無力さを噛み締めた。
彼の過ちを背負う事位しか
その痛みを共有出来ないと思っていた。
血は繋がらずとも、兄として。

「兄者よ。貴方は今、
 その思いを力に変えているのか。
 海を越えても尚、兄者の無念がこの胸に響く。
 忘れる事は出来ぬ。屈辱の数々を。
 この修羅の血が忘れさせてはくれぬのだ」

だが、と小さく続ける。

「トキは覚えていない。兄者の事も、あの悲劇も。
 それは幸せな事なのだろうか。
 それとも…不幸な事なのであろうか。
 俺には解らぬ。解らぬのだ、兄者よ」

ラオウは再度、北斗七星を睨み付けた。
だが、その双眼に死兆星は映っていなかった。

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SITE UP・2017.01.27 ©森本 樹



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