Phekda・1

ラオウでもリュウガでも無い。
今まで見た事も会った事も無い人物。
慣れた様子で牢の中に入ってくる。
其処には警戒心すら無い。

「思っていたよりも元気そうだな」
「…貴方は?」

名を問うと、一瞬だが
その人物は何故か哀しげな表情を浮かべた。

「我が名はソウガ。拳王軍の軍師」
「ソウガ…。覚えておこう。
 それで、その軍師様がこの囚人に何の用だ?」
「流石は拳王様の実弟。肝が据わっているな」

自ら皮肉を込めて名乗った【囚人】の単語を
目の前の男、ソウガは随分とお気に召したみたいだ。

「ジャギがケンシロウに敗れ、
 そしてお前を模して悪事を働いていた
 アミバも又 ケンシロウに倒された」
「ケンシロウが…」
「お前が手塩にかけて育てた弟が
 漸くこの乱世で花開こうとしている。
 満足か? この結果が」
「…どう云う意味だ?」

ソウガの言わんとしている事の真意が汲み取れない。
彼は何を伝えようとしているのか。

「星を砕く者」

ソウガはハッキリとそう言った。
以前にラオウが告げた言葉。
それが意味する者、ケンシロウの事だったのか。

「お前の額に封じ込められた謎が
 解き明かされた時
 星を砕く者は果たしてどう動くのか。
 実に楽しみな事だ」
「ソウガ…。貴方は一体何を…?」
「死神の星に魅せられし【導く者】、トキ。
 お前の中に眠る修羅が間も無く目覚める。
 非常に楽しみだよ。
 この監獄からお前が放たれるのは」

ソウガは不気味な笑みを浮かべている。
背筋に冷たい感触が流れる。
何処かで見た事がある。この目は。
血に飢えた獰猛な獣の様に爛々と輝く瞳。

「お前はリュウガを毛嫌いしておる様だが」

ソウガは何食わぬ様子で更に言葉を続ける。

「別に毛嫌いしている訳じゃ無い」
「そうか。ならばそれで一向に構わん。
 奴もお前に対しては
 特別な感情を抱いておる様だがな」
「……」
「アレは拳王様に忠誠を誓い心酔している。
 乱世に北斗を招く狼。
 運命の導きのままに、戦乱に身を投じる…」
「貴方は一体何を企んでいるのだ、ソウガよ。
 そして、貴方は何を知っていると言うのだ?」
「…本当に、何も覚えておらぬ様だ」
「?」
「芝居かと思い鎌をかけてみたが、この反応か」

不意に頬を撫でられる。
触れられた瞬間は流石に驚いたが…
しかしその手からは一点の殺意も微塵も無い。
寧ろ感じ取れるのは懐かしさ。

「哀れな男よ、トキ……」

言葉が出なかった。
ソウガの目に、ラオウを見た様な気がした。
只の主従関係ではない。
ラオウとソウガの関係が気になって仕方が無かった。

* * * * * *

誰かが呼び掛けてくる。
自分は既に涙など捨てた。強くなる為に。
だから泣いてなどいない筈なのだが。

『迷うか。それも致し方の無い事』

迷ってはいるかも知れない。
立ち止まっている。確かにそうだ。
だが、現状動けない。どうする事も出来ない。

『迷った時はラオウの指示に従え。
 ラオウは必ずお前を導き、守ってくれる』

ラオウが?
いや、それは無い。
ラオウと道を同じくする事はもう無い。
互いに違う道を進んでしまったのだから。

『ラオウを信じよ。お前の兄を』

この声はラオウに似ている。
しかし…何処となくラオウとは違う言葉遣い。
一体誰の声なのだろう?
酷く懐かしい気持ちにさせられる。

* * * * * *

朝陽が目に優しく届く。
どうやら夢を見ていたらしい。

「あの声の主は、一体…?」

トキは先程見ていた夢を思い返していた。
優しく何度も告げられた言葉は
『ラオウを信じよ』と。

「何故…あの様な夢を……?」

一条の光に照らされながら
トキは自問自答を繰り返していた。

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SITE UP・2017.02.03 ©森本 樹



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