Merak・2

「調子はどうだい?」

部屋に入って来るなり、第一声がこれだった。
慣れた手つきで護衛兵を下がらせ
フルフェイスヘルメットの男は
目の前の巨大な机にドカッと腰を下ろした。
深く椅子に腰掛けていた黒髪の男は
表情一つ変えずにヘルメットの男を見つめる。

「順調だ」
「あ、そう。
 まぁ此処なら木人形(デク)に困る事も無い」
「行き着けばお前にとっても利になる事だ」
「確かに、そうとも言えるわな」

ヘルメットの奥の目が一瞬妖しく光る。

「そうしてると…本当によく化けたもんだ。
 お前の執念には脱帽するぜ」
「天才に不可能は無いと何度も言った筈だが」

クククっと不気味な笑い声が部屋に響く。
ヘルメットの男の声ではない。
椅子に腰掛けた男の笑い声だった。

「楽しい。実に充実した日々を過ごしている。
 一つ一つが確実にこの俺の知識となり業となる。
 他の誰も開拓出来なかった領域に
 この俺が、初めてこの俺が斬り込んだのだ!」

こうなると独白が長くなる。
ヘルメットの男は半ば諦め気味に
口を挟むタイミングを計り始めた。

「今日もだな、2つの新秘孔を編み出したぞ!
 確かにまだ使い道は不明だがな。
 なぁ〜に、その内に有効な手立てを…」
「なぁ、アミバよ」

ヘルメットの男の声に、
アミバと呼ばれた男は動きを止めた。

「まだ見付からねぇのか?
 対象物を醜く破壊する秘孔は」
「現存する秘孔では不満足だとか言っていたな。
 それだけ憎い相手なんだろう」
「あぁ、憎いね。だからこそ、
 後悔しながら死なせてやりたい。
 苦しんで苦しんで、
 生まれて来た事に絶望しながらな」
「大した憎しみ具合だ」

アミバは目を細め、軽く手を叩いた。

「まぁ、俺も解らんではないがね。
 この天才の俺を愚弄したあの男には
 死んでも尚、苦しんでもらいたいと思ってる」
「…トキの兄者、か」
「あぁ。
 拳王様の命令は絶対だが…
 俺のこの気持ちまでは縛れぬ。
 この憎悪の念だけはな」
「成程な。ラオウの兄者が言う筈だ。
 俺達は『似ている』と」
「お前のケンシロウに対する怒りと憎しみ。
 それは誰よりも俺が一番理解出来る。
 そうだろう? …ジャギ」

名前を呼ばれたヘルメットの男、ジャギは
フッと鼻で笑って見せた。

「なら一刻も早く見付けてくれよ。
 この俺の為にもな。
 その為なら幾らでも木人形を使えば良い」
「その件ならば俺に任せておけ。
 お前は餌をばら撒けるだけばら撒くんだ。
 他ならぬ【復讐】の為にな」

* * * * * *

小さな窓から夜空を見上げる。
星の流れから情勢を読み解く術は
先人の教えに則ったものだが
実に合理的だと感じている。

ここ最近の星の流れが実に激しい。
南斗の星が一つ墜ちたと風の噂に聞いた。
殉星。愛に生きる星。
その定めに従い、死んでいった漢…
南斗孤鷲拳のシン。

戦乱の炎は収まる所か一層激しく燃え上がる。
全てを焼き尽くすかの様に。

「天を掴む…か」

あの人がよく口にする言葉。
【天】とは一体何を意味するのだろうか。
その単語を聞いて、大抵思い浮かべるとすれば
それは『天下を取る』事になるのだろうが
あの人のそれは何処か違う様な気がしていた。

「ん?」

今一つ、星が流れた。
南斗の星ではない。あれは…北斗の星。
だが、まだ私の頭上に死兆星は輝いている。
少なくとも『私の星では無い』。

「一体…何が起ころうとしているのだ…?」

此処を出て確認する事さえも叶わない。
しかし、あの流れ星が北斗を意味するのであれば
近い未来に於いて、誰かが犠牲になる事を意味している。
南斗の星、殉星が墜ちたあの時と同じ衝撃が
私の全身を貫いていく。

「シン…。お前なら判るのだろうか?
 あの北斗の星が誰を意味するのかを…」

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SITE UP・2017.01.05 ©森本 樹



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