Merak・3

「……」

重い沈黙が部屋を支配する。
トキは無言で幼いケンシロウの怪我を手当てしている。
それを黙って見ているラオウ。そしてジャギ。

「己の犯した過ち、解っているのだろうな?」

沈黙を破ったのはトキだった。
その風貌や人柄からは窺い知れぬ程の
冷え切った声と言葉。

「師父リュウケンには黙っておく。
 しかしラオウよ、此度の事は決して許されぬぞ」
「解っておるわ」
「…シュウには、何と詫びれば良いものか…」

南斗十人組手に於いてケンシロウを倒したシュウ。
しかし彼は掟に逆らってでもケンシロウを救った。
己の両目を犠牲にして。

「さぁ、これで良い。
 だが暫くは安静にな、ケンシロウ」
「ありがとう…トキ兄さん……」

トキは優しくケンシロウの頭を撫でると
ジャギを連れだって部屋を後にした。

「ラオウ兄さん…。御免なさい。
 僕の力が足りなかったばかりに……」
「今の貴様でシュウには到底及ばぬ。
 アレに匹敵するのはトキ位のものよ」
「トキ兄さんが…」
「昔はよく組手をやっておったな」
「そうなんだ…。そんなに大切な人の目を…」

ケンシロウはシーツを強く握り締め
悔し涙を流していた。

「泣くな」
「…ラオウ兄さん」
「泣いてもシュウの目は元に戻らぬ。
 悔しいのであれば、悔やむのであれば
 力を付け、強くなるしかない」
「……うん」

ラオウはそっとケンシロウの頭に手を乗せ
トキと同じ様に優しく撫でた。

* * * * * *

転寝でもしていたのだろうか。
誰も居ない広間で椅子に腰を掛け
随分と昔の事を思い出していた。

「トキだけではない。シュウも又…」

ケンシロウの為に己を犠牲にした漢。
ケンシロウには、相手にそうさせる
何かが備わっているのだろうか。
その為に自分達の母親も。

「ふん。偶然であろう」

乱暴に椅子から立ち上がると
扉の向こうが何だか騒がしい。
誰かが此方に向かっているのだろう。

「ソウガか」
「失礼いたします、拳王様」

気配で誰なのかは察していた。
自分を追い駆けて修羅の国から出てきた幼馴染。
今はこの拳王軍で軍師を務めている。
リュウガと並ぶ、拳王軍の二枚看板の一人。

「どうした、ソウガ? うぬらしくない」
「はい。実は…」
「畏まらずともよい。
 此処にはこの拳王とうぬしか居らぬ」
「…では、単刀直入に。
 ジャギがトキと接触した」
「ジャギが? カサンドラに侵入したのか」
「あぁ。ジャギの処分はどうする?」
「……」

ラオウはフッと鼻で笑うだけ。
怪訝に思ったソウガは声を掛けようとしたが。

「捨て置け」
「何? 処罰はせんのか?」
「不要だ」
「それはジャギが【義弟】だからか?」
「否。伝令を飛ばす手間が省けただけの事」
「…トキへの伝令、か」

ソウガは成程と小さく呟いた。

「トキの記憶が部分的に欠けているという話。
 どうやら確かな様だな。
 然も修羅の国での出来事は大半が消去されている」
「北斗琉拳には【記憶操作】の秘孔が有ると聞く。
 幼き頃にトキがその秘孔を突かれた事は否定出来ん」
「北斗琉拳か…。そうなると……」
「うむ……」
「あの人はその事を…?」
「恐らくは、気付いておる」
「そう、そうであろうな…」

ラオウは視線を扉へと向ける。
何とも言えない苦渋に満ちた色を浮かべて。

「もしも…トキに記憶が甦ったら…
 その時は我等が軍門に下ると思うか?」

ソウガのこの質問に対し、ラオウは首を横に振った。

「有り得ぬ。奴の事だ。
 益々以ってこの拳王に盾突くだろう」
「真実を知っても尚、か?」
「奴は己の信念の為だけに生き、
 己の信念の為だけに死ぬ漢。
 記憶等、大した助力にもならんだろう」

血を分けた兄弟であるが故に解り得る事もある。
だが…その濃い血故に見えぬものもある。
ソウガは心の中で独りごちた。

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SITE UP・2017.01.09 ©森本 樹



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