Merak・4

思えば彼はいつだって【唐突】だった。
此方の心構えも整わない内に
さっさと行動を起こしてしまう。
それ故に散々な目に巻き込まれた事も遭ったが
子供の頃の失敗は笑い話で済んだ。

或る意味、兄弟の中で唯一
私に『私を演じさせなかった』存在。

「ジャギ…なのか?」

無言で近付いて来る人影に私はそっと声を掛けた。
フルフェイスヘルメットの所為で表情は見えないが
彼は確かに笑っている様だった。
慣れた調子で鍵を開けると難なく中に忍び込む。
恐れ入った。此処は牢獄なのに。

* * * * * *

「ジャギ…?」
「久しぶりだな、トキの兄者。
 相変わらず覇気の無い顔しやがって」
「どうして、此処に…?」
「兄者の事は色々と聞いてたからよ」
「誰から?」
「誰からって…そんなの決まってるだろ?
 ラオウの兄者以外に誰が教えてくれるってんだ」
「ラオウが…」

同門であるジャギがケンシロウに敗れ
北斗寺院を後にしてから、
その消息は長らく不明であった。
少なくともトキは彼の消息を掴めずにいた。
だが彼はラオウと行動を共にしていたのだ。
その事実にトキは少なからず驚きを隠せなかった。

「へぇ…。兄者でもそんな顔するんだな。
 流石に吃驚したか」
「そりゃ…吃驚もするだろう。
 お前が行方を眩ませてからずっと
 私は私なりに消息を追っていたんだから」

其処に嘘は無かった。
戦乱の中、バラバラになってしまった兄弟。
ユリアと共に生きると決めたケンシロウは
不思議と心配では無かったが、
寺院を後にした二人の兄弟の行方は
是が非でも知っておきたかった。
今思えば…ケンシロウを心配しなかった訳では無く
伝承者に成れなかった者同士
何処かで呼び合っていたのかも知れない。

「傷の舐め合い…か」
「あん?」
「いや、こっちの話」
「ふぅ〜ん…」

ジャギはゆっくりと近付き、
トキの顎にそっと手を当てて上を向かせた。

「暗闇でもよく判る。
 相変わらず、綺麗な目ん玉だな。
 まるで蒼玉(サファイヤ)だ」
「お前はいつもそんな事を言うんだな」
「褒めてんだよ。喜べよ」
「確かに嬉しいが、…少し照れ臭い」
「だからアンタは何時まで経っても
 碌に女を抱けないんだよな。
 口説き言葉位何パターンか用意しておけって
 俺がいつも…」

ジャギはふと言葉を止めた。

「…懐かしいな」

その一言が重く心に響く。
あの頃が無性に恋しい。
もう戻れない、
四兄弟で修行に明け暮れた時代。

「ジャギ……」
「俺の忠告を少しは聞いてりゃ…
 兄者なら最高の女と恋仲になれたろうに。
 惜しいぜ、全く」
「ジャギ、私は…」
「【女】を見る目が無かったな、兄者も」

ジャギは暗にユリアを指しているのだろう。
彼はトキ達とは違い、ユリアには目もくれなかった。
トキにとってもそれは大きな疑問であった。
今ならば答えてくれるだろうか。
それとも、聞かない方が幸せなのだろうか。

「俺には『資格が無かった』って事さ」

ジャギはトキの心の内を見抜いたかの様に
ニヒルな笑みを浮かべてこう言った。

「だから俺は色んな女と楽しくやってた。
 堅苦しいしきたりに則って
 面白みの無い女の相手をするより
 俺にはそっちの方がずっと良かったさ」
「そう云う生き方も…確かに有るな」

トキは再び黙り込んでしまった。
ジャギも内心、彼の誘導尋問に引っ掛からない様
慎重に言葉を選んでいた。
全ては話せない。話す訳にはいかなかった。
それが、引き金を引いた者としての覚悟。

『本当に…あんな女に引っ掛からなけりゃ
 兄者達もこんな思いしなくて済んだのによ。
 シンを見ろよ。あれが現実さ』

ジャギはヘルメットを外すと
そのままトキの体をそっと抱き締めた。

「?!」
「何も驚く事はねぇだろ?
 温めてやってんだから」

無邪気に笑うジャギだったが
その痛々しい素顔に
トキの蒼い瞳は見る見る曇っていった。

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SITE UP・2017.01.11 ©森本 樹



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