Merak・5

その痛々しい部分にそっと掌を当ててみる。
所々で存在する金属のプレートが
生身の肌に触れるのを拒絶しているかの様だ。

「痛むか…?」
「あぁ、偶にな。疼きやがる」
「そうか…」
「ん? 兄者?」
「動くな」

トキは指先に神経を集中させていた。
秘孔による攻撃で破壊された細胞を
蘇生する事は流石に出来ない。
しかし、全ての組織が死に絶えた訳ではない。
痛感だけを和らげる術も彼は心得ていた。

トン。トトン。

本当に軽く、突くと云うよりも叩く様に。
只、それだけのアクションだった。

「あれ?」
「どうだ?」
「頭が妙に軽くなった様な…?」
「今迄常時頭痛に悩まされていたのだろう。
 多少は軽減出来たと思う」

トキはそう言って微笑んだ。
しかし、その直後。

「ぐっ…ゲホッ! ゲハッ!!」
「兄者っ?!」
「だ、大丈夫…。いつもの、発作…だ…」
「それだけ血を吐いて、無事な訳ねぇだろ!」

ジャギはトキを抱き締め直すと優しく背中を擦った。
彼の咳が収まる迄、そっと撫で続けた。
数十分程掛かっただろうか。
漸く呼吸が整ったトキは慣れた手付きで口を拭うと
ジャギに再度微笑みを送る。

「ありがとう、ジャギ。助かったよ」
「何言ってんだ。水臭ぇ。
 それを言うなら俺だって
 たった今、兄者に助けられた身だ」

ジャギはそう言って笑い、自分の頭を指差した。

「有言実行って奴だな。流石は兄者だ」
「いや…。
 それでも救えない生命の方が遥かに多い」
「当たり前だろ? 兄者は人間なんだ。
 全ての人間を救うだって?
 そんなのは神様がやる事だろうに」
「それを言ってしまえば身も蓋も無いが…。
 しかしお前の口から【神】と云う言葉を聞くとは」
「おいおい、勘違いしなさんな。
 生憎 俺は神なんて信じちゃいないぜ」
「まぁ…そうだろうな」
「特にこんな世の中じゃな。
 信じられるのは自分だけだ」
「こんな世の中だからこそ…
 誰かを信じられた方が良いんだが」
「兄者は変わらんな。どんな時でも」
「それはお前もだろ? ジャギ」

ラオウとは違う、抱擁の感触に
トキは暫し酔いしれていた。
人肌が恋しいと思えるのは
それが遠い存在になってしまっていたからだ。

「そろそろ夜明けか」
「あぁ…。早いな」
「じゃあ…行かねぇとな」
「もう、行くのか…」
「あぁ」

名残惜しそうに離れていくジャギの体に
トキは縋りつく事は出来なかった。
感じ取っていた。

「兄者」

ジャギの思い詰めた様な声。
彼は、この言葉を告げる為に
此処に姿を現したのだと
トキは改めて悟った。

「俺はケンシロウを殺す」
「……」
「北斗神拳の継承者としての奴を倒す。
 【道】を正す為にもな」
「ジャギ。お前にも解っている筈だ。
 怒りだけではケンシロウは倒せない。
 それを知りつつも挑むのか?
 それがお前の【道】なのか?」
「…そうだ。それこそが俺の【道】だ」

最早、何を言っても説得は出来ない。
ジャギは決めてしまっている。
自分の最期すら。

「ならば…もう、止めぬ。
 己の信じる道を行くが良い、ジャギ。
 後悔しない為にも、全力でな」
「兄者…」
「数奇な運命だ。
 だが、運命に踊らされるつもりはない。
 それこそがお前の信念…」
「俺はアンタの事、本当に好きだったぜ。
 アンタはいつだって俺を愛してくれていた。
 それが弟に対するものだとしても、嬉しかった。
 アンタだけは…真っ直ぐに【俺】を見ていてくれた」
「ジャギ……」
「トキの兄者。俺からは一言だけ。
 自分の【道】を自由に生きな。
 他ならぬ、兄者だけの人生を…な」
「…あぁ。約束する」

ヘルメットを装着し、
ジャギはそのまま独房を後にした。
一度も振り返る事は無かった。
挨拶を交わす事も無かった。

唯一人残された牢の中で
トキの蒼い瞳から一筋の光が流れた。

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SITE UP・2017.01.15 ©森本 樹



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