Merak・7

数日後。

牢の柵を境にして
リュウガは事のあらましをトキに語った。
しかしトキは頭上の窓を見上げているだけで
一度もリュウガの方に振り返りはしなかった。

「…それで?」

背を向けたまま、冷たい声が飛ぶ。
感情を殺した、冷めた声。

「弟が死んだと云うのに、随分な態度だな」
「言葉は交わしてある。それで充分。
 こうなる事は予測がついていた」
「我が妹ユリアの件も、奇跡の村の件も
 お前は周知していたとでも言うのか?
 知らなかったのだろう?
 だから今、必死に怒りを抑えているのだろう?
 ジャギに対して恨みを…」
「我が弟への侮辱は止めてもらえるか?」
「?!」
「それ以上口にすると言うのならば
 流石の私も我慢ならん」

トキは此処で初めてその表情をリュウガに晒した。
怒りを隠す事も無い。
阿修羅の如き気迫を纏っている。

「故人を愚弄するなど、愚者の行い。
 お前はジャギだけでなく、
 シンや、お前の妹 ユリアをも侮辱している」

拘束している筈の両手の鎖が
触れる事無くガシャンと音を立てて踊る。
トキの闘気に煽られているのだ。

「この俺と…やり合うと言うのか、トキよ?」
「彼等の名誉を守る為ならば…」

殺気が桁外れに放出されている。
この気迫、流石はラオウの弟と云った所か。
意を決し、リュウガは構えた。

* * * * * *

一触即発。

その事態を回避したのは一人の男だった。
リュウガの腕を取り、真っ直ぐにトキを見る男。

「拳王様…」
「……」
「退け、リュウガよ」
「しかし……」
「二度は言わぬ。これは拳王の命」
「…御意」

リュウガはアッサリと拳を退いた。
トキの表情は変わらない。
氷の様な眼差しがリュウガを見据えている。
殺気を抑えるつもりもない。

「リュウガ、人払いをしておけ。
 今宵は何人たりとも
 此処を訪れてはならぬ、とな」
「はい…」

ラオウは此処でトキと
決着をつけるつもりなのだろうか。
誰もこの場に来るなと云うのは
そう云う事を意味しているのだろうか。

リュウガは一人そう解釈していた。
ならばこそ、自分も含めて
この場に居てはならない、と。

「拳王様、御武運を…」
「うむ」

ラオウはリュウガが
勘違いをしている事に気付いていた。
だが、寧ろその方が都合も良い。
トキとは腹を割って話したかった。
特に今の様に感情を剥き出しにしている方が
彼の本心を確認し易かった。

『昔から器用に自分を隠す男だからな』

ラオウは扉をくぐり、
臆する事無く中へと侵入した。
トキの闘気はまだ怒りに満ちている。
それ程簡単には鎮火しそうにない。

「良い目をしておる」

開口一番。
ラオウはそう告げて笑った。

「その様な目も出来たのだな」
「……」
「怒りと殺意に満ち溢れた目。
 血と殺戮を望む修羅の目だ。
 うぬにもやはり流れておったか、修羅の血が」

ラオウは更に一歩、又一歩と接近していく。
闘気が風の刃と化して肌を斬るが
それすら心地良い感触となっていた。

「さぁ、どうするトキ?
 怒りに身を任せ、この体を引き裂いてみるか?」
「…もう止めてくれ、ラオウ」
「?」

いつの間にかトキは普段の穏やかな状態に戻っていた。
リュウガの気配がこの辺りから消え去った為だろう。
彼はリュウガとならば闘うが、
ラオウとはその気が無いらしい。

「ふん…。興醒めしたわ」

トキの本質を探れると期待したものの
これでは拍子抜けである。
思わずラオウもそう悪態を吐いた。

「どうしてその怒りを、憎しみを我にぶつけぬ。
 ジャギを死に追いやったのも、うぬの村の崩壊も
 全てはこの拳王の覇道が為。それに…」
「もう止めろ、ラオウ!」

トキが激しく言葉を遮る。
涙こそ流しはしなかったが、
表情は酷く悲しげであった。

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SITE UP・2017.01.20 ©森本 樹



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