Phekda・2

ソウガの来訪の翌日、
その男は姿を現した。
いつもと違う佇まいに
トキは時代の激しい流れを感じ取っていた。
間も無くうねりが此処に押し寄せる。

トキは何も言わず、そっと腕を伸ばした。
こうやって甘えられるのも
これが最期かも知れない。
何処かで、そう感じ取っていた。

「ラオウ…」
「……」
「…兄さん」
「…時間が、足りぬな」

大木の様に太い腕が
背骨を折りそうな勢いで絡みついて来る。
その力強さと温かさに安堵していた。
この逞しい腕に守られてきた。
だが、今度こそ決別を覚悟しなければならない。
外の世界に出れば、二人はもう敵同士。
己の拳で相手を叩き潰すしかなくなる。

「これが…北斗神拳1800年の掟」

トキは思わず呟いていた。
悲しみが口をついて出てきてしまった。

「今迄の治療の成果は出ている筈だ。
 半年は保つであろう」
「半年の生命…か」
「うむ。だがそれ以上の保証は出来ぬ」
「……充分だ」

半年の期間でケリをつけなければならない。
それは余りにも無謀な賭けだった。
ラオウが『時間が足りない』と言うのも解る。

「トキ」
「何だ?」
「もう一度だけ聞く。
 我が軍門に下る気は…無いのだな?」
「男に二言は無い。そう云う事だ」
「……」
「済まない…」

誰に対しての謝罪なのか、
トキ自身も解っていなかったのかも知れない。
恐らくは最期のチャンスだった。
しかしトキには受け入れる事が出来ない。
自身の運命と真っ向勝負すると決めたあの時から
甘えや逃げに転じる事は断じて許せなかった。

「それで良い」

ラオウは確かにそう言った。
抱き締められた状態で顔の表情を見えなかったが
体に震えも無く、声にも張りが有った。

「この拳王の首を落とせるのはうぬだけだ、トキ。
 それ迄、勝手に躯を晒す事は許さぬ。
 生きよ。生きて必ず、この拳王と相まみえるのだ」

トキは返答が出来なかった。
この二人が戦うと云う事は殺し合うと云う事。
ラオウは自分に対して『殺せ』と告げている。
解っていた筈だ。
北斗神拳を学ぶと決めたあの日から。
だが、状況はあの時よりも悪化している。
救いようが無い程に。

「この首、ケンシロウにも他の輩にも
 取らせる気等毛頭無い。
 【拳王】と云う存在、それ程軽き者と
 捉えられては困るからな」
「貴方は【拳王】としての死を望むのか?」
「さぁ。どうであろうな」
「はぐらかさないでくれ!」

ラオウは言葉で返さず、
そのまま自身の唇でトキの口を塞いだ。

舌が動きを止めるかの如く
激しく咥内を引っ掻き回す。
そのあまりの激しさに息苦しさを訴え
トキは何度かラオウの胸元を拳で叩くが
彼は止める気をまるで起こさなかった。

喰われているかの様な錯覚。
今迄感じた事の無い感触が全身を支配する。
初めて抱かれた時とは又違う感触だった。

『私は…これを望んでいた、のか…?』

背中がゾクゾクする。
いつもより脳内が沸騰しているみたいで
何も考えられなくなる。

『これが…【最期】なのだな……』

もう二度と味わえないこの感触を
何処かで名残惜しくも思っている。
このまま消え去る事も許されぬ身。
もう退く事も出来ない。
目の前で激しく自分を愛するこの男を
この拳で倒さなければならない。
それが…。

『狂った、運命…だな……』

涙を流す事は許されない。
だが、トキは心の中で血の涙を流し
慟哭していた。

『この狂った運命を止めるしかない。
 それが私に残された【道】なんだ…』

ラオウの温もりに包まれながら、
トキは己の【道】を定めようとしていた。
ジャギが去り際に遺してくれた言葉。
自分の為だけに進む【道】。

『ジャギ…。
 私は漸くお前に答えられるかも知れないな』

再度力強くラオウを抱き締めながら
トキは静かに目を閉じた。

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SITE UP・2017.02.07 ©森本 樹



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