Phekda・10

「私は、皆が思う様な人間では無いんだ。
 もっと我儘で、もっと自分勝手な…」

酷く重い口調と声。
懺悔を思わせる様な発言だった。

「レイにも同じ事を言われたな。
 世界の為にではなく、
 唯 自分の願いの為だけに。
 それがどれだけ勝手な事か…と」
「レイが、そんな事を…」
「あの時は誤魔化してしまったがね。
 愛する女の為だと。
 だが、本当は違う。そうじゃない…」

マミヤは自身の手を握り締めながら
黙ってトキの話を聞いている。

「私にはこんな生き方しか出来ない。
 素直じゃない分、余計に……」
「それで、良いんじゃないかしら?」
「?」
「貴方の人生なんだもの。
 貴方が後悔しない様に生きれば良い」
「マミヤ、さん?」
「他ならぬ貴方の幸せの為に。
 そんな生き方が有っても良いと思うの」
「…しかし」
「レイはきっと、そう伝えたかったんだと思うわ。
 今なら解るの、レイの想いが。
 彼が駆け抜けた4日間の意味が…」
「レイ……」

マミヤはトキに視線を合わせる事無く、
スッとその場に立ち上がった。

「だから私も漸く一歩が踏み出せる。
 気付かせてくれたのは、貴方よ。トキ」
「マミヤさん?」
「貴方が私の憎しみや悲しみを受け入れてくれた。
 そしてそれらから私の心を解放してくれた。
 だから、漸く気付く事が出来たの。
 レイが私に伝えようとしてくれた事が…」
「違う。私は……」
「いいえ、私には解る。
 貴方は、私に貴方を殺せない事が解っていた。
 それでも…それを言葉で伝えたって
 きっとあの時の私は受け入れなかったでしょう。
 だからこそ、危険を承知であんな事をした。
 今だから解るの。それが【貴方】だって」
「……」
「幸せになって欲しい。貴方には」

ゆっくりと振り返るマミヤの表情は
確かにユリアに酷似していた。
しかしユリアよりももっと力強く感じたのは
それだけでは無かった筈だ。

「…いつも、こうだ」
「え?」
「もっと早く貴女に会えていれば…
 少しは私にも人間らしさが戻ったかな…?」
「トキ……」
「気にしないでくれ。くだらない独り言だ」
「…本当に、ありがとう。トキ」

* * * * * *

トキがケンシロウやリン、バットと共に
マミヤの村を後にしたのはそれからすぐだった。
彼等の長期滞在は村の為にならない。
村を守る為、と云うのが
ケンシロウの言い分であり、村長もそれを受理した。

「でもいつ帰って来てくれても良いのよ。
 この村は貴方達の故郷。
 私達はいつまでも、貴方達の帰りを待ってるから」
「えぇ。私達も、兄さんも…此処で待ってます。
 時々で良いから顔を見せに帰って来て」
「…あぁ」
「旅が終わったら真っ先に戻って来るよ!
 それ迄 留守を頼むな!」
「もう、バットったら!!」

バットとリンのいつものやり取りを
微笑ましく見守る大人達。
その中にはトキも居た。
もう二度とこの地に
足を踏み入れる事は無いと判っていた。
それでも、この輪から離れたくは無かった。

『それが叶うのであれば…
 また、帰ってくれば良いじゃないか。
 今、決めつける必要なんか無い。
 帰りたい。その気持ちだけで、充分だ』

穏やかなその微笑。
ケンシロウはトキの様子を黙って見ていたが
不意に彼が或る一点を見つめている事に気付いた。
そして、一人頷く。

『レイ…』

死しても尚、その高き誇りは
人々の心を捉えて離さない。
力強く水面を蹴り、大空に羽ばたく水鳥の如く。

『強敵よ。俺もお前に恥じぬ生き様を見せよう。
 お前の遺してくれた
 思いを、言葉を成就しよう。
 それが、お前に対する
 俺の感謝と受け取ってくれ』

レイの墓に添えられた一輪の花が
優しく風に揺られている。
ケンシロウにはそれがレイの返事に思え
ふと笑みを零した。

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SITE UP・2017.03.27 ©森本 樹



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