Phekda・9

首元の痣は鬱血し、
白い肌に不釣り合いな程黒く残っていた。
トキはそれを巧く服で隠してはいたが
ケンシロウに小細工が通用するとは
思っていなかった様だ。

「? …これか?」
「…あぁ」
「咳が酷くてな。
 人迎(じんげい)を突いてみた」
「…効いたのか?」
「そこそこな」
「…そうか」

詳細を知りたいのだろうに、
核心には触れて来ない。
それがケンシロウの性格の
長所でもあり、又 弱点でもある。

「トキ」
「何だ?」
「…変わったな」
「ん? 誰がだ?」
「……」
「…そうか」

確かに自分は変わってしまっただろう。
もうあの頃の自分には戻れない。
また、戻る必要も無いと思っている。
残り僅かの時間。
せめて思うがままに生きたい。
例えそれが誰かを傷付ける結果となっても。

「死期を悟った漢にとって…
 大切なのは生き様では無く死に様、か。
 成程、確かにそうかも知れない」
「トキ…?」
「…独り言だ。
 バットとリンの様子を見てくる」
「…あぁ」

そのまま部屋を出ていく
トキの背中を見つめながら
ケンシロウは人知れず溜息を吐いた。
やはり兄は何も語ってはくれないのだ、と。
ケンシロウの目には誰よりも孤高の存在に映る。
或いはラオウよりも孤独な存在。

「トキ…。何が貴方をそこまでさせるのか?
 俺にはどうする事も出来ないと言うのか」

握り締めた拳に視線を落とし、
ケンシロウはそのまま立ち尽くしていた。

「トキよ…。その眼に貴方は何を見ているのだ?
 死兆星ではない。
 貴方が真に見つめる先は、一体…?」

* * * * * *

バットの訓練に付き合いながら
トキは様々な事を思い出していた。
カサンドラで会ったソウガが残した言葉。

「導く…者、か」
「なぁに?」
「ん?」

呟きをリンに聞かれてしまったらしい。
流石に恥ずかしかったのか、
トキは一瞬だが視線をリンから外した。

「トキさん、また色々考えちゃってる?」
「そうかも知れないな…。
 こうして静かに時の流れを感じると
 色々と昔の事を思い出すんだ」
「昔の事?」
「あぁ…。ケンシロウと一緒に
 こうやって修行をしていたとか…ね」
「ケンも今のバットみたいに?」
「そうだよ。最初は皆同じだ」
「トキさんも?」
「勿論」

何処となく嬉しそうなトキの横顔に
リンは笑顔を浮かべていた。

「楽しかった?」
「そうだな…。
 修業は辛かったけど楽しくもあった。
 色んな事を経験したし…
 今でも為になっている」
「そうなんだ」

リンは満面の笑みを浮かべている。
こんな話でも此処迄喜んでくれるものなのか。
トキは不思議な気持ちに包まれていた。

『この笑顔を護る為になるのであれば…
 導くのも、悪くは無いかも知れんな』

「トキ」

不意に名前を呼ばれ、トキは其方に顔を向ける。
立っていたのはマミヤであった。
その手には毛布が確りと握られている。

「風が出て来たわ。これを羽織って」
「あぁ、助かる。ありがとう、マミヤさん」

優しく毛布を肩にかけるマミヤの姿を見ながら
リンはゆっくりと立ち上がる。

「私、バットの所に行ってくる!」
「ん? あ、あぁ…」

そのままバットの下へ走り出した
リンの背を見送りながら
トキは思わず苦笑を漏らした。

「気を遣わせてしまった様だ…」
「まぁ……」
「隣に、来るかい?」
「え? えぇ……」

マミヤはそっと隣に腰を掛けた。
ぎこちない雰囲気に思わず二人で顔を見合わせ
そしてどちらからともなく笑みを浮かべた。

「不思議な子だな、あの娘は」
「えぇ、そうね」
「あの子達が戦わずして生きられる世界…か」
「それが、貴方の願う世界?」
「……それもある」
「それも? それ以外にも何か?」

トキは静かに目を閉じる。
マミヤも黙って続きの言葉を待っていた。

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SITE UP・2017.03.25 ©森本 樹



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