Phekda・3

こうして腕の中の温もりを感じている時だけ
自分が自分で居られる様な気がしていた。
冷たい鎧に身を包み、返り血を浴び
真っ直ぐに前だけを向いて突き進む日々。
後ろを振り返る事は無い。
振り返ってはならない。
誓いの為。目的の為。
兄は兄である前に、情を捨て、鬼と化した。
そして自分も又
兄である事を、弟である事を捨てて
【拳王】として生きていくと決めた。

誰の為に?
それは…この腕の中に存在する者の為に。
例え、それがこの存在を
悲しませる結果となっても。

『トキが全てを思い出せば…
 今の兄者をどう見るだろうか?
 あの国から届く便りには
 絶望しか伝わってこない。
 この目で見る迄は確かでないとしても
 兄者と袂を分かつ事が生じた場合…
 トキであれば間違い無く
 兄者を討とうとするであろうな……』

トキをあの男と闘わせてはならない。
彼が記憶を失ったままでいる事は
却って好都合とも取れた。

『皮肉な事だ。だが、今はそれで良い』

ラオウは想いを封じ込める。
【拳王】としての道に戻る為に。

* * * * * *

荒い息遣いのまま
トキの蒼い目は射抜く様にラオウを見つめる。
其処に言葉は無い。
しかし、心は伝わってくる。

「次に会う時は【敵】だな。トキよ」
「……あぁ」
「俺は容赦せぬ。どんな手を使ってでも勝つ。
 一切の配慮は不要。情も不要。
 それを忘れるな。良いな?」
「解っている。私も、全力で挑む」
「それでは足りぬ」
「…ふっ。殺しに行く、とでも言えと?」
「そうだ」
「……」

トキは暫し言葉も無く思案していた。
そして次の瞬間。

「断る」
「何?」
「貴方を殺すと云う事は…
 私の技量が貴方と互角であると云う事になる。
 言った筈だ、ラオウ。
 私は貴方を超えると。だから…」
「だから?」
「貴方の拳を封じる。永遠に」
「俺を殺さずして、か」
「力量に差が出れば、それも可能だ」

トキは明確に答えた。
微かな差では駄目なのだ。
明らかな力の差をつけての勝利。
そうでなければラオウを救えない。
現状では不可能だとしか
言いようの無い条件である。
それでもトキは挑むのだと言う。

「成程。『殺す』よりも更に心地良い言葉だ」

ラオウはそう言って笑った。
不可能だと反論もしなかった。
だが、心の奥底では
泣いていたのかも知れない。

「再会を楽しみにしておるぞ、トキ」
「私もだ。遠慮無く行かせてもらう」
「無論。それ迄は決して死ぬな」
「死なんよ。貴方を倒す迄は」

カサンドラ内での最後の会話。
次に二人が会うのは予期した通り
二人にとっての戦場であった。

* * * * * *

焚火の音を耳にしながら
ボンヤリと星空を眺めている。

レイは眠りに就いた様だ。
今、こうして起きているのはトキ 唯一人。
孤独感。
今のトキを支配する空気は正にそれだった。

ケンシロウとの再会で
世界は大きく動き出すのだろう。
ケンシロウは星を砕く定めを持つ者。
そして、そんな彼を導くトキは…。

「…死兆星」

誰に言われる迄もなく、声が出た。
そして思わず苦笑する。
自分は誰かの輔星でしかないのだと。

「武曲を指す人物が変わっただけだ。
 そう、それだけの事。
 私は何も変わらない。だから…」

死兆星は我が頭上を照らしたのだ、と。

「ふ…。ふふ……」

可笑しくなりそうだった。
何と云う道化。
大声で笑って、泣いて、叫びたくなった。

『いつかアンタの様な境遇に立ったら…
 その時、俺もアンタの様に生きたいと思う』

先程レイに言われた一言が心に響く。
彼は誤解している。
そうではない。
自分はそんな立派な人間ではない。
早く、今の囚われた状況から脱したいのだ。
約束を果たし、ラオウを救い、そして…。

「その先に、一体何が有るのか…」

心の闇はまだ、晴れそうになかった。

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SITE UP・2017.02.20 ©森本 樹



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