Phekda・4

その背中を見送るしかなかった。

黒王号に身を預け、小さくなっていくラオウの姿。
少しずつ、輪郭がぼやけていく。
視界が徐々に黒い影に覆われていく。

* * * * * *

スローモーションの様に崩れていく
トキの姿に気付いたのはリンだった。
ケンシロウの体をバットに預け
彼女は真っ直ぐにトキの下へと向かった。

「トキさん? トキさん?!」

必死に呼び掛けるが、返事は無い。
青褪めた顔。目は固く閉じられたまま。
彼女はハッと気付き、彼の右足に視線を送った。

「まだ、こんなに血が…」

先程ラオウに傷付けられた右足からは
止まる事無く血が流れ続けていた。
このままでは本当に死んでしまうだろう。

「!!」

リンは自身の服のスカート部分を千切り、
包帯の様にして傷口を塞ごうとした。
しかし、か細い少女の力では
鍛え上げられた男の体を縛る事は叶わない。
布は少しずつ血に染まり、赤く変わっていった。

「止まって…。お願い……」

そんな彼女の手を覆う様に
誰かがそっと手を重ねてきた。
リンの手よりも遥かに大きく、力強い。
だが、今その手もまた血に塗れている。

「ケン……」
「大丈夫だ」

ケンシロウはリンから役目を受け継ぐと
器用に布で止血を施した。

「暫く安静にすれば、目を覚ます筈」
「良かった…。本当に、良かった…」

安堵からか、リンは涙を流していた。
ケンシロウは再びバットに支えられながら
リンの髪をそっと撫でてやる。

「ケン……」

言葉は無くても心は伝わってくる。
これはケンシロウなりの感謝の証。
リンは自身を撫でてくれる大きな手の温もりに
暫しの安息を得ていた。

* * * * * *

村に出現した嵐は漸く過ぎ去った様だった。
この嵐は余りにも凶悪、強大で
失ったものは余りにも大きく、
傷付いた者は余りにも多かった。
両親より受け継いだこの村が再び傷付けられた事で
マミヤの心にもまた大きな傷が生じた。

トキをカサンドラから助け出した事は
果たして正しかったのだろうか。
もしも自分が加担しなければ…
ラオウ軍はこの村に
目を付けなかったのだろうか。
そしてレイがこれ程までに
傷付かずに済んだだろうか。

「今更…そんな事……」

そう、今更だ。
何よりも選択したのは自分自身。
その責任を誰かに押し付けるなど
身勝手にも程がある。

「私が今出来る事を考えなくちゃ…。
 私が出来る事を。
 私しか出来ない事を……」

そう思えば思う程、心は真逆に向く。
マミヤはそんな自分自身が腹立たしかった。

『貴女には見せたくない筈だ!
 マミヤさん、貴女だけには!!』

苦しみ呻くレイに
寄り添う事すら許されなかった。
穏やかな筈のトキが制したあの言葉には
それなりの意味が含まれていたのだろう。

「それでも私は…レイの為に何かをしたい。
 これ以上私の為に…苦しんで欲しくない。
 ただ、唯 それだけ…」

まるで自分に言い聞かせるかの様に
マミヤは何度も同じ言葉を口にした。
気付いてしまったレイの想い。
だが、それを受け入れられない自分の想い。
どうすれば良いかすら判らず、困惑している。
迷う心を一旦目的に向けさせる事で
マミヤはレイへの想いを
消し去ろうとしているかの様だった。

* * * * * *

広い部屋。暖炉の炎を見ながら
バットとリン、アイリは
ケンシロウ、レイ、
そしてマミヤの帰りを待っていた。
一人椅子に座っているトキも
黙ったまま窓越しに空を見つめている。

「ねぇ、トキさん?」

リンの呼び掛けに、トキは視線を彼女に移した。

「トキさんには…未来が見えるの?」
「いや、それは無理だ。
 しかし何故、そんな事を?」
「…トキさんなら、
 何とかしてくれそうな気がして」

ラオウがレイに秘孔新血愁を突いた事。
それに対してどうすれば良いのか。
確かに今、トキはその事で考えを巡らせていた。

「ケンシロウでは無く?」
「何だろう…? ケンとは違うの。
 ケンはレイに寄り添ってくれるけど
 トキさんは包み込んでくれそう」

トキはリンの洞察力に思わず感嘆した。

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SITE UP・2017.03.10 ©森本 樹



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