Phekda・5

『何だろう…? ケンとは違うの。
 ケンはレイに寄り添ってくれるけど
 トキさんは包み込んでくれそう』

自分から言わせれば、
未来を見通す力が備わっているのは
寧ろリンの方だろうと思う。

いずれはそうなる事も解っていた。
ラオウが与えた3日間。
その期限はもう、間近に迫っている。
だが…レイは己の本懐を遂げられなかった。
愛する女の、マミヤさんの呪縛の鎖を
断ち切ってやる事が出来なかった。
あと一歩。
あと一歩にして時間が足りない。

「……」

打つ手が全く無くなった訳ではない。
だが…或る意味、邪道。

「……」

レイの縋る様な視線が胸に痛く刺さる。
それでもこの男は闘うのだろう。
マミヤさんの為だけに。
その死に様で、想いを伝える為に。

「……」

死に様…。
確かに、それが一番心に残り易い。
卑怯な手段かも知れないが…
どんな形でも、
愛する女に覚えていてもらいたい。
それが…哀しき漢の生き様と云うもの。
其処迄理解出来ているのであれば、
私は……。

* * * * * *

「済まないな、トキ…」

部屋で二人きりにしてもらうと
開口一番、レイがこう述べた。

「何がだ?」
「不本意だろうと、思ってな」
「私は【医者】だぞ」
「ふっ、そうだったな…」

レイは覚悟を決めている。
思えば「何時でも死ねる」と
言い切っていた男だ。
こんな風に最期を迎えると
何処かで考えていたのかも知れない。
レイは妹 アイリの為に闘い続け、
そして今は…
マミヤの為だけに挑もうとしている。
最強の敵、自身の寿命に対して。

「南斗六聖拳、最後の将の事…頼む」
「…ケンシロウには、その事を?」
「言ってはいない。言う、必要も無い」
「何故…私に…?」
「何故だろうか…?
 アンタには伝えておかないと…
 後悔する様な、気がしたのでな」

レイはそう言って笑っていた。
釣られてトキも微笑を浮かべる。
静かな、静かな時間だった。

「では、挑むか」
「あぁ…。頼む、トキ」
「始める前にこれを渡しておこう。
 苦痛に耐え切れぬ時、飲むが良い」

トキはレイに歩み寄ると
マミヤが必死に取って来た例の薬を手渡した。
苦笑を漏らし、レイはカプセル剤を受け取る。

「耐え抜いてみせよう…。
 マミヤの為にも、必ず……」

レイの想いに、トキも覚悟を決めた。
彼の想いに答えたい。
そしてマミヤの呪縛を解き放ってやりたい。
二人の想いはマミヤを軸にして
確かにこの瞬間、重なっていた。

* * * * * *

死地に送り出す事に違いは無い。
だが、狂わんばかりの激痛に
耐え抜いたレイは
静かな微笑を浮かべていた。
神々しいばかりのその笑みを
トキは生涯忘れない様にと
黙って見つめていた。

「これで、漸くユダと決着が着けられる」
「…そうだな」
「ありがとう、トキ」
「礼を言うのはまだ早い。
 妖星のユダと云えば
 その知略は相当な物。
 勝負がつく迄、油断は禁物だ」
「あぁ。肝に銘じる」
「それで良い…」

部屋から出る直前、
とても小さな声でレイはこう言った。

「ケンが、羨ましい。
 アンタの様な兄貴が居てくれたら、俺も…」

トキは敢えて聞こえない振りをした。
何故か、その方が良い様な気がした。

「行こうか、トキ」
「あぁ…」

二人は仲間の待つ部屋の外へと向かった。
死闘がレイを待ちかねている。
だが、もう彼が怯む事は無いだろう。

『唯…マミヤさんだけの為に……。
 それこそが…義星、レイの真骨頂。
 今のレイであれば、
 私とて危ういかも知れんな』

今は唯、この勇者を相応しき戦場へ送り出すのみ。
彼ならばきっと
マミヤを繋ぐ重き鎖を断ち切ってくれる筈だ。
その美しい水鳥の動きで。
必ず……。

[4]  web拍手 by FC2   [6]

SITE UP・2017.03.15 ©森本 樹



【ROAD Of MADNESS】目次
H