Phekda・6

「拳法を教えて欲しいんだ!」

真剣な表情でバットがそう訴えて来た時は
流石に何を言っているのか
咄嗟に理解が出来なかった。

「えっ?」
「だ〜か〜ら!
 俺にも拳法を教えて欲しいんだってば!」
「何故私に?」
「う〜んと……」
「ケンシロウには頼まなかったのかい?」
「ケンにも頼んださ…。でも…」
「でも?」
「お前には必要無いって…」

トキはこの一言で事情を呑み込めた。
彼はバットに北斗神拳の
過酷な定めを継がせたくないのだ。
バットの心の内は解っているだろう。
それだけに、警戒しているのだとも取れる。
バットが伝承者の道を歩む事、を。

「それで、私に?」
「うん……」
「結論から言おう。
 私が北斗神拳を教える事は出来ん」
「えっ?!」
「北斗神拳には正当な継承者が存在する。
 教えを乞うなら、其の者に頼むのが筋」
「うぅ……」

トキの言う事をバットも理解は出来ていた。
だが、それであれば益々願いは遠のく。

「だが」
「?」
「護身術程度の拳法であれば…
 私でも教えられるかも知れないな。
 あぁ、同時に医学を学ぶのも為になるだろう。
 いずれもこの乱世で生き抜くには
 自身を守る術となる」
「トキ……?」

トキはそう言ってウィンクを送った。
彼の意を先に理解出来たのはリンであった。

「良かったね、バット!」
「え? え、良いの?」
「但し、私は決して甘い教官では無いのでな。
 その辺は覚悟してくれ」

大喜びのバットとリンの二人の姿に
トキは遥か昔の情景を重ねていた。

* * * * * *

勿論、ケンシロウがこの件を黙認する筈が無かった。
マミヤの村の一角で診療所を開いていたトキの下へ
阿修羅の形相で訪れた時は
その場にいた全員が自身の生命を諦めた程だ。

「どう云うつもりだ、トキ?」
「その話なら外でしよう」

あくまでも笑顔のトキ。
ケンシロウの肩を軽く叩きながら
宥める様に部屋の外へと向かう。

「トキ…」
「お前が言いたい事は解るぞ、ケンシロウ」
「だったら…っ」
「だが、考えてもみてくれ。
 お前はいつ何時でも
 あの子達を守り抜けるのか?」
「…兄さん?」
「お前が不在の時に、あの子達が傷付かないとでも?」
「しかし…下手に抵抗すれば生命を落とす」
「抵抗しなくても殺される時は殺されるさ。
 …拳王がその気で無くとも、な」
「……トキ」
「今すぐ闘う訳じゃない。今は備える時。
 その力が問われるのはもっと先だ。
 お前からあの二人が旅立つ時、その後…」

トキは静かに語っている。
ケンシロウも先程迄の怒りは何処へやら
今は黙ってトキの話を聞いている。

「私が基礎を教えた所で
 それを生かすも殺すもバット次第だ。
 ものに出来れば、それであの娘を守れる」
「バットが…リンを?」
「知らなかったのか? ケンシロウ。
 バットが強くなりたかったのは
 リンを己の手で護る為だ。
 嘗てお前がユリアの為に
 強く成ろうとしたように、な」
「そうだったのか…」
「私には拒む理由が無い。
 故に、私はバットを導こう。
 なぁに、北斗神拳は教えんさ」

笑いながらそう言った筈のトキの目は
妙に冷静であった。

「アレは性質が悪過ぎるからな」

使い手らしくない言動に
ケンシロウは首を傾げた。
トキらしくないとさえ思えた。

「ト…」
「あぁ、診療所に戻るか。
 と云う事だ、ケンシロウ。異論は無いな」
「あぁ…。兄さんがそう決めたのならば…」
「安心しろ。継承者の迷惑には
 ならんように配慮する」
「解った」

何時からだろうか。
トキがこんな風に北斗神拳に嫌悪感を示すのは。
昔はもっと精力的だった。
未知の領域に意識を伸ばし、
暗殺拳以外の可能性を求めて。

『変わったのは…シンだけじゃない。
 トキも又、変わってしまったのか…?』

誰にも言えぬ言葉が脳裏を過ぎり、
ケンシロウは思わず拳を握り締めた。

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SITE UP・2017.03.17 ©森本 樹



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