Phekda・7

「ねぇ、あの先には何があるの?」
「さぁな。此処より広い
 大地があるんじゃないのか?」
「どんな人が住んでるのかな?」
「此処と変わらないんじゃないか?」
「そうなの? 同じなの?」
「トキは海の向こうが見たいのか?」
「見たい! ねぇ、見せて!」
「見せてって言われても…なぁ?」

赤ん坊を抱いた女性に振り向く少年。
金色の短い髪が風に揺られている。
その隣には銀色の髪の少年。

「いつか、皆で行ければ良いわね。
 この海の向こう側へ…」

優しい微笑は誰かによく似ている。
誰だろう。思い出せない。
だが、とても大切な人だった筈。
そう、とても…。

* * * * * *

意識が朦朧としている。
巧く呼吸が出来ない。
息が詰まる。圧迫感を感じる。
これは…胸ではない。
首への圧迫感…。

* * * * * *

ボンヤリとした意識の先に誰かが見える。
表情は暗くて確認出来ないが
トキは苦しい息遣いのまま
自身の首に掛けられた手に触れた。

「違、う…。其処、じゃ…ない…。
 もっと、中央、に…親指を……」

相手が何をしているのかは分かっている。
そして、どうしてこうなっているのかも
トキには解っていた。

『当然の事』だと。

「そう…。其処、だ…。
 親指に…体重を、乗せ…て……」

誰にも聞かれない様に、あくまでも静かな声で。
それが望みであるならば叶えたい。
抵抗する気は更々無かった。

だが、手は不意に彼の首から離れた。
すすり泣く声と共に。

足早にその場から立ち去ろうとしたのだろうが
ベッドから身を下ろす際、床が軋んでしまった。

「!!」
「だい、じょうぶ……」

掠れた声のまま、トキはゆっくりと体を起こす。
そのまま口元に指を当て、微笑んで見せた。

「少し…夜風に当たろうか」

彼はそう言うと、影に隠れたままの人物へ
エスコートするかの様に手を伸ばした。

* * * * * *

若干足を引きづった状態でトキは村の外れまで来た。
淡い月の光が村を照らす。
所々、建物の陰で暗くはなっているが
それでも部屋の中よりはずっと明るかった。

「此処なら大丈夫だ。誰の目にも届かない」

トキはそう言って、ゆっくりと振り返る。

「誰の邪魔も入らない。発見も遅れるだろう」
「どうして…?」

影からゆっくりと姿を現したのはマミヤだった。
彼女はそのままトキをジッと見つめている。

「どうして、私だと気付いたの?」
「貴女にはそうする理由がある」
「理由だけなら、私以外にも…」
「アイリさんは、違う。
 彼女は全てを受け入れるだろう。
 今迄そうやって生きてきたと聞く。
 だが、貴女は自分の力で切り開いてきた。
 どんな時も、たった一人ででも…」
「……」
「だから、こうなる事は解っていた」

マミヤの視線がいっそ険しくなる。
眉間に刻まれた皺までクッキリと見える程に。

「解っていて、何故? 何故抵抗しないのっ?!」
「抵抗する理由が無いからさ。
 レイの生命を奪ったのはラオウ。
 そして…私はラオウの弟」
「ケンには、この事を…」
「言うつもりも無いし、言う必要も無い。
 この事にケンシロウは関係無い。
 私の一存で動いた事だ」
「彼も、ラオウの弟である事は…」
「確かに。だが、貴女にケンシロウは討てない。
 憎しみの矛先は、私に向けるのが筋だろう」

トキは視線をマミヤから頭上の月へと映した。
その瞳は酷く悲しげであった。

「憎しみに囚われ、
 貴女が悲しみの淵に堕ちる位なら…
 その憎しみを私に向けて欲しい。
 その方が、遙かに楽だ……」

マミヤには理解出来なかった。
自分を憎めと言う、トキの心境が。
自分の暴挙を赦し、受け入れようとするトキの姿が。

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SITE UP・2017.03.21 ©森本 樹



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