Phekda・8

トキは静かにマミヤを見つめている。
その首筋に残る、醜い痣。
先程自分が付けた圧迫痕。

「貴方は…そうやって生きて来たの?
 様々な人の恨みや憎しみを
 唯一人で、一身に受けて…?」
「そのつもりは、無いが」
「じゃあ何故、今…?」
「さぁ、何故だろうか…」

はぐらかしている訳ではない。
困惑を浮かべた表情がそれを物語る。
彼は何かを伝えようとしている。
マミヤにも、それだけは理解出来た。

「……」

マミヤは懐から娥媚刺を取り出した。
月の光に照らされて冷たく光る先端。
それを見ながらもトキの表情は変わらない。
穏やかな微笑の奥に潜む壮絶な覚悟。

「くっ!!」

娥媚刺が風を切る。
マミヤは自身の首元を狙って
娥媚刺を突き刺そうとしていた。

* * * * * *

目の前が真っ赤に染まる。
だが、それは私の血では無かった…。
どうして…どうしてこの人は…?

* * * * * *

娥媚刺は確かに刺し貫いていた。
だがそれはマミヤの首を、ではない。
彼女の首元を守るべく出された
トキの右掌を貫いていたのである。

「…どうし、て……?」

それでも尚、トキは微笑んでいた。
月の光に照らされ、
彼の白い肌は一層
青白く輝いている様だった。

「どうして……」
「それが、レイとの約束だから」
「レイとの…?」
「貴女を決して死なせない。傷付けさせない。
 それが、レイと交わした約束…」

その約束の為だけに
自らの生命を投げ出そうとしたのか。
マミヤは胸が締め付けられる思いがした。

「そんな…そんな事の為に貴方が、
 何も貴方が此処迄傷付く事なんて…っ!」

感情が爆発しそうだった。
娥媚刺が引き抜かれた傷口からは
鮮血が滴り落ちている。
マミヤは取り出したハンカチで
手首を縛り、止血を施した。
その右手を掴みながらトキを睨みつける。

「貴方は…私を死なせてもくれないのね。
 憎ませてもくれない…。
 どうして…どうしてなのっ?」
「それがレイの望みだからな」
「愛する人が居なくなったこの世界で?
 ただ悲しみに打ちひしがれるだけの…
 そんな虚しい生き方を彼が望んでいると?」
「…本当に、虚しいだけだろうか」
「!!」

マミヤの脳裏にふと甦る記憶。
嘗てトキと二人だけで交した会話。
トキがその生涯で唯一人愛していた女性。
ユリアはもう、この世に居ない人だと云う。
叶わない想いを秘めたまま、
彼は虚しいだけの人生を生きているのだろうか。

「確かに、レイの勝手な言い分だな。
 貴女を一人この世界に遺して。
 だが、それでも彼は貴女に生きて欲しかった。
 貴女の笑顔を取り戻したかっただけだった。
 私には…そう思える」
「トキ……」
「死ぬのならばいつだって死ねる。
 死にたくなくとも、いずれ死は訪れる。
 だが…生きる事は今しか出来ない。
 誰かを愛する事も、生きてこそ出来る。
 レイは、その魂を貴女に託した。
 彼が本当に死ぬ時、それは…
 貴女の生命が尽きる時だ」
「……」

トキはそう言い終えると、
優しくマミヤを抱き締めた。
不意に抱き締められた事で
マミヤは驚いたままトキを見つめた。

「レイならば…きっと、こうするだろうと思って…」
「トキ……」
「マミヤさん…。今だけ、レイの代わりを…」
「……」

マミヤはそのままトキの胸元に顔を預けた。
そして静かに涙を流す。
何も言う事も出来ず、言葉にもならない。
優しくそっと何度も頭を撫でられ
少女の様に涙を流す事しか出来なかった。

余りにも悲しき漢の生き様。
きっとトキだからこそ、
レイの気持ちが解ったのだろう。
だからこそ、レイも託したのだ。
ケンシロウでは無く、トキに。
マミヤにはそんな気がしていた。

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SITE UP・2017.03.23 ©森本 樹



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