Megrez・3

トキは突然口に手を当てて咳き込み出した。
それはあまりにも激しい咳き込み方で
其処に居た全員が異常を感じ取っていた。

「トキ様っ!」

手の間から滲み出る鮮血に
トウは思わず声を上げる。

「大、丈夫…」

弱々しい声ながらも
トウを気遣うトキであったが
咳は一向に治まる気配を見せない。
血の塊を吐き出しても尚、苦しげなまま
トキは咳き込み続けている。
ゼーハーと云う呼吸音も痛々しい。

「トキ…っ!」

いたたまれず傍に駆け寄ろうとした
最後の将を止めたのは
他ならぬトキ自身であった。

「来ては…ならない。
 それでは、治療に…意味、が…」

伸ばした手も受け取ってもらえない。
声を掛けようにも言葉が見付からない。

そんな彼女の横を擦り抜ける小さな姿。
リンは戸惑う事無くトキに近付き
静かに背中を擦っていた。
黙ったまま何度も、何度も優しく。

親子の様にも見える二人の姿。
最後の将は何かを悟ったかの様に
数回頷いた。

「将?」
「これで良いのですね、リハク。トウ。
 私達は南斗の者。
 そして南斗六聖拳とは元来
 天帝をお守りする為に戦う番人」
「将…」
「いかなる事が有ろうとも、
 忘れてはなりません。
 そして、それを忘れてしまった星は…
 即ち、墜ちるしかないと云う事」
「……」
「北斗も、又…同じなのです。
 それが…星の宿命……」

最後の将はそう言うと、
漸く咳が止まったトキに声を掛けた。

「貴方が『分け与えてくれた』この生命
 決して無駄にはしません。
 南斗最後の将として。
 そして…『私自身の為』にも」
「…それで、良い」

血塗れの口元を拭いながら
それでもトキは静かに微笑んでいた。

「『武運を』祈ります。トキ…」

最後の将の送ったその言葉に
リンは胸騒ぎを覚えた。
トキと最後の将、
この二人の間だけに通じる言葉。
其処に籠められた深い、深い意味。

リンは心配そうにトキを見上げる。
彼は笑みを浮かべたまま
何度もリンの頭を優しく撫でていた。

* * * * * *

最後の将一行と入れ替えで
バットが戻って来た時
トキはベッドで横になっていた。
流石に疲労が溜まっていたのだろう。
リンの忠告に素直に従うと
そのまま深い眠りに入った。

リンは事の詳細をバットに伝えた。
その場を不在にしていた事を
リンに詫びながらも
バットは何かを考えている様だった。

「バット?」
「リン…。
 トキはこのまま医者を続けても良いと思うか?」
「え?」
「まぁ…誰にでもって事じゃないとは思うんだ。
 でも、その最後の将って奴は言ったんだろう?
 『生命を分け与えた』って。
 俺、それが凄く気になるんだ」
「うん。私も、心配で…」

「俺達が何か言った所で
 トキが医者を辞めるとは思えないしな。
 でも…ケンが言っても辞めてくれるかどうか」
「どうして? ケンが頼めば、もしかして…」
「以前ケンがそんな事を言ってたんだ。
 トキって穏やかだから判り難いけど
 凄く頑固で、絶対に自分の意見を変えないって。
 あのラオウだって苦労してたって」

バットはそう言うと、深い溜息を吐いた。
リンも又、俯いてしまう。

「ケンに、頼まれてたのにな。
 トキを頼むって…」
「バット……」
「如何すりゃ良いんだろうな、俺達?」

こんなにも守りたいと願っているのに
現実はこれ程までに残酷に流れる。
己の力不足を痛感する。

「もしもケンだったら。もしもトキだったら…。
 最近は俺、そんな事ばかり考えてる」

以前よりも逞しくなったであろうバット。
だが当の本人はそんな事に気付きもしない。
偉大な大人の男の背中を追い求めるばかりで。
そんなバットを見ていると
自分が遠くに置き去りにされた様な気がして
リンは人知れず寂しさを噛み締めていた。

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SITE UP・2017.04.10 ©森本 樹



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