Megrez・4

此処から眺める景色が好きだった。

海の向こう側を黙って見つめている。
潮風を感じる。
隣には必ず兄が居てくれた。
幸せな…幸せな、時間。

「海が好きか?」
「うん!」
「そうか…。
 向こう側に興味があるのか?」
「うん。どんな所だろうって思うんだ」
「行きたいのか? 向こう側へ」
「う〜ん…」
「どうした?」
「一人じゃ嫌だなぁ…」
「何だ。一人では怖いのか?」
「怖いんじゃないよ。僕は…」
「?」
「僕は兄ちゃんと一緒に居たいんだ。
 離れたくないんだ」
「…やれやれ。甘えん坊だな、お前は。
 この先が思い遣られる」

兄はそう言いながらも笑顔だった。
いつだって、そう言っては笑ってくれていた。
その笑顔が、私は何よりも好きだった。

* * * * * *

トキが目を覚ました時、
陽はまだ昇っていなかった。
上体を起こし、ゆっくりと周囲を見渡す。
バットもリンもよく眠っている様だ。

「最近…よく夢を見る様になったな。
 決まってあの海と少年の夢だ。
 一体、何故…?」

だが、不思議と不快ではない。
言葉に出来ない程の幸福感に包まれる。

「夢の外でも出会えるだろうか?
 あの少年に…」

会ってみたい。
会って、聞いてみたい事が有る。
何を聞くのか?
それは……。

「もう少し、眠るとしよう…」

トキはそう呟くと、再びシーツに身を包んだ。

* * * * * *

確りと睡眠が取れた様で
昨日の不調が嘘の様に体が軽かった。

リンと共に患者を治療していく。
バットは自主的に訓練を積んでいる様だ。
こうして患者と触れ合っている時は
余計な事を考えずに済む。
実際に救済されているのは寧ろ自分なのだと
トキは常々自覚していた。

『だからこそ、
 この活動を止められないのだろうがな。
 彼等の笑顔が私を救ってくれている。
 あの少年の様に…』

ふと例の夢の少年の事が頭を過ぎった。

「何処かで、私は…?」
「トキさん?」

リンの呼び掛けにハッと我を取り戻す。

「あぁ、大丈夫。只の独り言だ」

トキはそう言って微笑んだ。

「次の患者さんを呼んでもらえるかい?」
「はい!」

* * * * * *

「トキ」

いつもの様に風の中で海を眺めている。
否、トキが見つめるのは海ではない。
その先に漂う新たなる世界。

「行きたいのか? 向こう側へ」
「う〜ん…」
「どうした?」
「一人じゃ嫌だなぁ…」
「何だ。一人では怖いのか?」
「怖いんじゃないよ。僕は…」
「?」
「僕は兄ちゃんと一緒に居たいんだ。
 離れたくないんだ」

思わず笑みが漏れてしまった。
これ程迄に愛らしく自分を求める弟を
この手で護ってやりたいと何度も思う。
何処にもやりたくはない。
永遠に傍に置いて、護り続けたい。
それが叶うのであれば。

「…やれやれ。甘えん坊だな、お前は。
 この先が思い遣られる」

心にも無い言葉を口にして
動揺を悟られない様に振る舞う。
兄の様にいつも毅然と。
弱い部分、情けない部分は見せられない。
その様な腑抜けに
この弟を守り通す事は出来ない。

「この先も、ずっと一緒に居てくれる?
 ラオウ兄ちゃん」
「無論だ。俺も、兄者も、母者も…
 皆、ずっと一緒だ。
 だから安心しろ、トキ」
「うん!」

細やかな願いだった。
それだけが願いだった。
あの火事さえなければ。
宗家さえ居なければ。

「…ふん」

下らない思考に陥る所であった。
ならば超えれば良いのだ。
宗家の力を、俺が越えれば良い。
そしてこの世界を平定してしまえば良い。
宗家の力など無くとも
世界は回るのだと認めさせれば良いのだ。

「この力は、その覇道の第一歩に過ぎぬ」

そうだ。その為に修得した。
俺は天を目指さねばならぬのだ。

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SITE UP・2017.04.12 ©森本 樹



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