Megrez・6

思いもよらない態度に動揺したのは確かだった。
今迄は虚勢を張っているかの様に
頑なに甘えを許さない姿勢を見せていた。
自分の背中を追い駆け、北斗神拳を極めんが為
実の兄弟である事さえも
捨てようとしたかの様に見えた。
口では【兄】と呼びながらも
あくまでも対等で在りたいと願っていた。

だからこそ【意外】だった。
そして察した。
こんなにも心細さを感じる程に
この男は追い詰められているのだと。

何故に其処迄 自分を追い詰めねばならぬのか。
一体何に対して戦いを挑もうとしているのか。
俺なのか。それとも宿命に対してなのか。
記憶を失い、過去を取り戻す事も出来ないこの男を
一体何がそれ程迄に駆り立てるのか。

「トキ……」

己の声とは思えない程に甘い声が漏れる。
今だけならば許されるだろうか。
此処には俺達以外誰も居ない。
我が半身である黒王号のみである。
ならば、今だけ…弟の、
トキの望みを叶えてやれるのだろうか。

「……」

トキは我が身に体重を預けたままだ。
安心して委ねているのだろう。
呼吸は安定している。動揺は感じられない。

「トキ……」

だが、同時に感じ取った事が有る。
【気】が圧倒的に不足していたのだ。
以前に与えた気が残っていれば
此処迄衰弱する事は無かった筈。
以前の闘いを考慮しても復活は速い筈だ。
しかし…この衰弱ぶり。
明らかにトキは気を大量に消耗した。
恐らくは誰かに分け与えたのだろう。
俺の用いた方法を使わずとも
トキであれば別の方法を見付け出し、行使出来る。

問題は『誰に分け与えたか』だ。

それに因ってトキは明らかに寿命を縮めた。
誰が見ても愚かな行為に出たのだ。

トキは恐らく答えまい。
誰を救おうとしたのか。
誰を守ろうとしたのか。
どれ程問い詰めても、答えはしないだろう。
悲しい迄にそれが【トキ】と云う漢なのだ。

「莫迦な弟よ」

思わず呟いた一言にトキは目を開けず苦笑で答えた。
自分でも自覚していたのだろう。

「だから放っておけぬのだ。この愚か者が」
「…相変わらず、貴方と云う男は矛盾が多い」
「黙れ、この愚弟が。心配ばかり掛けおって」
「心配…してくれていたのか?」
「当たり前だ」

それ程迄に意外だったのか。
トキは目を大きく開くと
その姿勢のまま、器用に我が顔を覗き込む。
幼き頃の表情のまま。
こう云う所はどれ程歳を取っても変わらない。

「ラオウ…」
「何だ?」
「私は、星を導くのだろうか?
 それとも、星を滅ぼすのだろうか?」
「どう云う意味だ?」
「最近、気になってな」

宗家に伝わるとされる【星読み】の詩。
嘗て母者から教えられた一節。
いつか呟いたその言葉を
トキは聞いていたのだろう。

「気にする程ではない。
 人に星は導けぬ。星は滅ぼせぬ」
「ラオウ……」
「うぬが気にする事は他に在ろう」
「……」

突き放す様な俺の物言いに、
トキは理解を示したのだろう。
不満ながらも疑問をぶつけようとはせず
自身の中に飲み込んだ様だった。

「黙って俺の覇道を見届ければ良い。
 それが不満だと言うのであれば」
「…言うのであれば?」
「俺を殺せば良い。その拳で」
「……」
「トキ。解っている筈だ。
 兄弟で同じ道を目指した以上、最期はこうなる。
 それを覚悟でお前も北斗神拳を学んだ筈」
「それは……」
「今更退けぬぞ、トキ」

トキは再び目を閉じると唇を噛み締めた。
そうやって感情を押し殺そうとしている。
悲しい迄に心優しき拳士。
全ては…あの時より始まったのかも知れぬ。
母者を喪ったあの瞬間から
俺達の運命も又、狂ったのだ。
兄者も、トキも、そして…この俺も。

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SITE UP・2017.04.17 ©森本 樹



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