Megrez・7

ラオウは不意にトキの体を引き離した。
それを【拒絶】と認識したトキは
一瞬だが非常に悲しげな表情を浮かべた。
突き放されたと思ったのだ。

だが、そうでは無かった。
ラオウはトキの体を正面に向けさせると
先程よりも強くその体を抱き締めた。

「?!」

驚いたのはトキの方だった。
目を見開いたままラオウを見つめる。
月の光を受け、その蒼い瞳は
吸い込まれるかの様に輝いていた。

「海の様な、蒼い瞳だ」

ラオウはそう言って微笑んだ。
母親譲りの蒼い瞳。
ラオウにとっては
亡き母を思い起こさせる瞳の色だった。

「ラオウ…?」
「叶うのならば、このまま攫ってやりたいものよ」
「それは……」
「解っておる。所詮は叶わぬ願い」
「ラオウ…。どうして其処迄 私を…?」

トキには解らなかった。
確かに実の弟ではあるが、
其処迄想われる理由が思い浮かばない。
病人だからであろうか。
否、病気が発覚する前から
ラオウはこうだった。
ジャギやケンシロウとは明らかな違いが有った。
その理由は未だに明かされないまま。

「ラオウ…」
「トキ、お前は知らなくても良い事だ」
「いや、知る必要はあるだろう。
 私が知る事によって、この先…」
「知れば地獄しか残らぬ。
 うぬは知らずとも良い」
「貴方はいつもそうだ」

トキは語尾を荒げる。
珍しく怒りの感情をラオウにぶつけている。

「何故私をそうやって問題から外そうとする?
 貴方にとって私は其処迄 信用に値しない存在か」
「そうではない」
「では何故?!」
「知った所で何が変わる?」
「変わるかも知れないだろう。若しくは」
「好転などせぬ。待つのは地獄だけよ」
「何故そう言い切れるんだ?!」
「好転すると信じたいのは勝手だ。
 ならば今此処で俺を殺してみよ」
「な…っ?」
「その手で俺を躊躇なく殺せると言うのであれば…
 うぬの言葉通り、状況も好転するかも知れぬな」
「……どうして、そんな…」

泣きこそはしないものの、トキは涙声であった。
しかしラオウにとってはこの回答しか出来なかった。
この回答が、一番トキを傷付けずに済んだのだ。

『トキ…。兄者を討つ宿命はお前に託せぬ。
 弟であるお前に迄、血の宿命は背負わせたくない。
 お前の兄として、
 これは俺が決着を付けねばならぬ事』

宗家に対する怒りを隠そうともしなかった兄、カイオウが
このまま大人しくしているとも思えない。
彼の怒りや憎しみはいつか全てに解き放たれるであろう。
自分が北斗神拳を身に付けた様に
カイオウも又、復讐の為に拳を手に入れた筈だ。
狂気の道を進む兄を止める為には
生命を賭けなければならない。
それでも、止められる保証は一切無いのだ。

『トキには…無理と云うもの』

トキの性格、そして病による寿命。
いずれにしても彼には不適応な役目である。
何よりもトキには記憶が無い。
カイオウが兄だと気付かないまま、
最悪 カイオウに殺される事も有り得るのだ。

『トキを守る。それが兄者と交わした最後の約束。
 兄者の心を救う為にも、俺が闘うしかないのだ。
 そしてこれこそが…母者の想いへの答え。
 トキを、兄者を救う事が…俺の……』

抱き締める腕に尚一層力を込める。
言えぬ思いが心を更に苦しめる。

「ラオウ……」

トキは再度ラオウに体を委ねてきた。
そっと腕を背中に回し、抱き締める。
まるでラオウの心の苦しみを
自身で受け止めようとするかの様に。

「もう、聞くのは止そう。
 貴方が其処迄言うのだ。
 聞かぬ方が、正解なのだろうから」
「トキ……」
「あの声は、貴方だったんだな」
「?」
「月が私を此処へ誘った。
 あの月が、貴方に逢わせてくれた。
 もう…それで充分だ」
「トキ…」
「ラオウ……」

そのまま、何も言わずに二人は唇を重ねた。
まるで恋人同士の様に、優しく。

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SITE UP・2017.04.20 ©森本 樹



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