Megrez・8

互いに何も身に付けず、深く目合った。
何度も深く口付を交わし、強く抱き締めた。
治療だとか、そんな言い訳は不要だった。
兄弟で目合う事の背徳感も脳裏から消えた。
『愛してる』と云う台詞すら陳腐に感じた。
何度も、何度も深く繋がり、想いを吐き出す。
延々と続くその行為に溺れていた。
獣の様でいて、理性は残っていた。
互いを強く想う心だけはそのままに。

放さない。
離れたくない。

心を占める言葉はそれだけだった。
離れ掛けた身体を繋ぐのは言葉無き心。
それでも繋がっていられたのは
他ならぬ、二人が信じ切っていたからだった。
お互いが、お互いの事を。
どれ程宿命が二人を遠ざけようとも
それを無駄だと嘲笑える位に強固な絆。
確かに、この二人の間には存在していた。

* * * * * *

荒い呼吸音だけが響く。
二人で大の字になったまま空を見上げた。
月は沈み、やがて朝が来る。
別れの時は刻一刻と近付いていた。

「ラオウ…」

最初に声を出したのはトキであった。

「何だ?」
「やはり私は…貴方を超えたい」
「……」
「貴方を超えて、共に生きたい。
 このままでは、やはり終われないんだ…」
「……」
「例え、地獄だけが残っていたとしても…」

トキは目を閉じて、そっと呟く。

「私は、私なりに貴方の力に成りたい。
 それが今の貴方の意に背く事になっても。
 いつかは、解ってもらえると信じているから」
「……」

これがトキにとって精一杯の告白であった。
己の定めた道を放棄する事は出来ない。
それでも宿命に抗いたかった。
いずれにせよ、避けられないのは
兄ラオウとの対決のみ。

「…それが、お前の【答え】と受け取って良いのか?」
「あぁ…」
「解った」
「ラオウ、私は…」
「迷うな、トキ」
「ラオウ…」
「迷わずとも良い。お前はそれで良い」

ラオウは再度トキの裸体を抱き締めた。
そのまま唇に、首筋に、胸元に
愛しげに何度も口付を落とした。
白い肌に刻まれるラオウの想いは
鮮やかな朱色の印と変わる。

「俺を指針とし、迷わずに突き進め。
 受け止めてやろう。
 お前の想いを、いつまでもな」
「ラオウ…」
「この兄を超えたいと云うお前の想いごと
 全て受け止めてやる」
「……良いのか?」
「迷うなと言った筈だ」
「ふっ、そうだったな…」

心の奥が揺さぶられる。
泣き出したい気持ちに襲われるのを
トキは何とか堪えていた。

『貴方の優しさに、何度も救われている。
 何時だって、貴方が私を救ってくれている。
 貴方が居なければ、
 この生命は既に消え去っていた筈』

だからこそ、一番に救いたい存在だった。
ラオウの孤独は彼が言わずとも感じ取っていた。
最も近い場所に居るからこそ、
彼の気持ちは一番に感じられると自負していた。
実際にそれが自分の傲慢であったとしても。

『随分と子供じみた嫉妬だな…。
 そうだ、これは嫉妬だ。
 ラオウが拳王と名乗り、多くの部下を引き連れ…
 それが気に入らなかったのかも知れないな。
 私だけの兄では無くなった事に、嫉妬していた』

同じ様に嫉妬していたのかも知れない。
ジャギやケンシロウに対しても。
そんなトキの心を理解した上で
ラオウはトキを特別扱いしていたのかも知れない。

『酷い男だ、私は。
 聖人などではない。
 誰よりも傲慢で、誰よりも嫉妬深い』

認めてしまえば、却って心は軽くなった。
聖人の看板は、自分にとって重いだけだった。
それをこうして取り除けるのは…
ラオウの傍に居る時だけなのかも知れない。

『どうせ間もなく死にゆく身であれば…
 せめて、貴方の腕の中で終わりたいものだ』

ラオウに抱かれながら、己の最期を考える。
生と死の間でトキが想う事。
それは目の前に居る、ラオウの事だけであった。

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SITE UP・2017.04.22 ©森本 樹



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